第四話『世界のわりかし端っこにて』
女「……あれ、さっきまで寝ていたふわふわのベッドは? オトコは? お酒は? お金は?」
少女「寝具はあちらに御座います超巨大ウオーターベッド。名前を海と言うそうです。性別は知りませんが抱いていたのは浮き輪です。飲み物が欲しければ、こちら塩水が摂り放題となっています。しかし、まったくもって残念ですが、こちらにはお金はありません。夢の世界へ戻りたいのならお一人でどうぞ」
女「ここが現実なのね、で、現在地は?」
少女「方向が確かであれば、果てにはかなり近いところ……、自由と愛の国、ベガス共和国といったところでしょうか」
女「だんだんと記憶が戻ってきたわ。全てながされて喪ってしまったのね。ああ、私の財産。翡翠、金剛石、紅玉、緑玉……、」
少女「命があるだけ良しとしませんか? この状況で死ななかっただけ奇跡ですよ。確かに世界の果てへは空路しかなく、馬鹿にならない費用が掛かりますが、きっといつか集まりますよ」
女「命の心配なんて端からしていないわ。だって、命は買えないのよ」
少女「知っているなら、どうして!」
女「命でものは買えないのよ。でも、お金はものを買えるのよ! 確かに命があれば体を売ってお金が手に入るわ。でも、そんな迂遠な方法を採るよりも直接お金を持っていたほうが良いに決まっているわ」
少女「何を言っているんですか? お金を楽しむ為には命がいるじゃないですか!」
女「馬鹿ね。そこに命が無くとも、お金があればそこそこ幸せな気分になれるのよ」
少女「……そうですか。ですが、今ここにお金がないのは事実です。私たちは体を売るなり何なりして稼がなければいけません。ですが、意外と狭い自由と、愛は愛でも白くべっとりとした何かに塗れた愛欲の国ベガスはお金持ちが多いですから、なんとかならないこともないかもしれません」
女「そうね。でも、ベガス共和国にお金持ちが多いってことは、同業者も多いってことよね。そうなると、ちょっとやり辛いわね……。いえ、待って。今、私なんと言ったかしら。ベガス、ベガス共和国?」
少女「確かに言いましたよ。ベガス共和国。海に浸かっておつむを駄目にしたのなら、間に合わせにそこらにあるほやでも詰めておいて下さい。今は病院へ行くお金だって惜しいんですから」
女「そうよ、ベガス! 一部の富裕層の自由とIn a legal wayのiの国ベガス!」
少女「ほ、本当に大丈夫ですか? もし切迫した状況だったりしたら、言って下さいね。私に出来る事なら大体のことはしますから。一応少しならお金もありますし、病院にも行けます。とりあえず、ほや探してきますね」
女「待ちなさい。何度も言うようだけれど、ここはベガスよ。ここだけは、どんな人間だって夢が見れるわ。機会が与えられるわ」
少女「どういうことですか?」
女「今すぐ準備なさい。さあ、カジノへ行くわよ!」
場面転換・カジノ
女「さて、今宵は稼ぎましょうか」
ディーラー「如何しましょうか?」
女「そうね、何が良いかしら?」
少女「BJでお願いします。昔齧っていたもので」
ディーラー「そちらの美人さんはルールをご存じないので説明しますが、簡単に言うと、BJは、私と彼女でどちらが21に近いカードの組を揃えられるかという勝負なんです。私は自動的に17になるまでは引き、17以上になれば引くのを止めます。プレイヤーは好きに引いて下さい。但し、22以上になればその時点で敗北です」
女「分かったわ。賭けはある石油王から受け取ったこの大粒のダイヤでいいかしら?」
ディーラー「申し訳有りませんが、チップでお願いします」
少女「では、ダイヤを担保にチップをお貸し願えませんか?」
ディーラー「しかし、」
女「何だったら、この子を抵当に入れてもいいわ。顔だけは上等だから、一人で楽しむも良し、そこそこの高値がつくだろうし、引き取ってもらうのも良し」
少女「聞いてませんよそんなこと!」
ディーラー「……ううむ、分かりました。但し、勝てばちゃんとその子を寄越してくださいね。世間知らずのお嬢さんには、社会の怖さを教え込む必要がありますから」
女「ええ、勿論よ。これがダイヤの鑑定書。それと釣り合うだけのチップを頂戴」
ディーラー「良いものだとは思っていたが、まさかこれほどまでとは……、」
ディーラー「では、勝負です。どちらかのチップがゼロになって決着ということで」
少女(……はあ。マスカットさん、良い宝石で助かりました。鑑定書の偽造がばれたら大変ですからね)
女(無茶な提案に乗ってくれたのは有り難いとは言え、あの子の話をした途端に態度を変えたわ。どいつもこいつも、男ってみんな大なり特大なりロリコンの気があるのかしら?)
女「ちょっと、腕に覚えがあるって言ったじゃない! どう見ても完敗よ。私のダイヤ、どうしてくれるの?」
少女「ごめんなさい。でも、私の心配は無いんですね。分かってはいましたが」
ディーラー「大変に良い勝負でした。ですが、お約束通り、ダイヤと貴女は頂きます」
少女「その前に、一つ良いですか?」
ディーラー「遺言でしょうか? 何なりと承りましょう」
少女「勝負で使ったカード一式、仕舞う前にもう一度、見せて頂けだけないでしょうか?」
ディーラー「申し訳ない。これは……、」
少女「ディーラーの義務ですよ。まさかご存じない?」
ディーラー「い、いいえ」
少女「なら、見せて頂けますよね」
ディーラー「…………」
女「これね。でも、唯のトランプみたいだけれど、それがどうかしたのかしら?」
少女「じゃあ、このトランプで七並べしませんか?」
ディーラー「う……」
少女「私たちの事、のーてんきの馬鹿女と世間知らずの餓鬼とでも思っているのでしょうが、その認識は片方に関してだけ一旦改めたほうが宜しいかと思います。それじゃあ、七並べをしましょうか。尤も、絵札足らずのトランプでは七並べなんて碌に出来ないでしょうが」
女「成程ね。数字の大きい絵札を減らせば減らす分だけ21を超えにくい、そしてそれを知っているそちら側は当然有利になる。なかなかに姑息な手段ね」
ディーラー「……出来れば、この事は上には、」
少女「良いですよ。ですが、もう一勝負しませんか? 今度は正々堂々と」
ディーラー「え? 私に、汚名返上の機会を?」
少女「ええ」
女「流石よ! 勝ちに勝っているわ! チップがざくざく湧いているわ!」
少女「ふふふふふ……」
女「女神様よ。現人神よ。土器の神様よ! ああ、チップ、チップ……」
オーナー「なかなかに調子が良いようだね。いくらここでもそこまで騒いでいる人は君達だけだよ」
少女「あの、どちら様でしょう」
オーナー「ここのオーナーさ。でも、君は本当に頭の切れる女性だ。知らぬ体を装って近づき、身体を使った罠で必勝の如何様を誘う。これだけでも充分に賢しいと言えるね」
少女「賢しいって……、出会うなり失礼ですね。それに私は身体なんてそんなつもり毫もありませんでした!」
オーナー「すまない。でも、君達はただ賢しいわけじゃない。その上にカードカウンティングをしているね。BJの必勝法と呼ばれる戦術で、まあ、単純にいえば、使用したカードの丸暗記だ」
オーナー「そんな事をされるとこのゲームが神経衰弱に近い頭脳ゲームになってしまう。実際は若い方がカウンティングを行い、艶やかな方が実際にトランプを持って注意をひきつけていたね」
女「私はそんな賢しい事なんてしていないわ。ねえ? 何か言ってやりなさい」
少女「……自分が良いように使われていたって、知らなければ幸せだったんですがね。それにオーナーさん、お言葉ですが、カードカウンティング、無敵ではないはずです。ディーラー側がよくシャッフルすれば丸暗記は防げるはずですから」
オーナー「確かに、ディーラーもそれに気付いていたはずだ。だけど、君達の相手をしていたディーラーは君達が如何様を見逃した人だ。保身の為に少々のカウンティングは見逃すしかない。そのなりでここまで頭が回ると、君が天使なのか悪魔なのか分からなくなってくるよ」
少女「こんな天使を捕まえてきて賢しいだの何だのと。私そんな腹黒じゃないですからね」
女「噓おっしゃい」
オーナー「そうだな。だけど、この神も仏もいない業界、味方にするにおいて君ほど心強い人物は居ないよ。出来ればウチにディーラーとして来て欲しいぐらいだ」
女「長々とご高説どうも。で、そのオーナー様がどんな用かしら? 言っておくけれど、私は高いわよ」
オーナー「確かに他にも色んな如何様用の小道具は持ち込んでいるみたいだけど、君達はまだ使っていないみたいだから文句をつける気は無い。だから、難しいことは言わない。これからは俺が君達専属の相手になろう。これ以上はカジノとして損失は出せないからね」
少女「…………」
女「黙ってどうしたのよ。別に問題ないのじゃない? BJなら絶対負けないのでしょう? 如何様だって何も全部はばれてはいないでしょう」
少女「ええ、さっきまで自信はありました。ですが、たぶんこの人に如何様は通じません。私なんかのとーしろとは踏んだ修羅場の数が違います」
女「ど、どうするのよ。女神でしょう? AAの自由の女神でしょう」
少女「嫌ですよ、そんなパッドを片手に突き上げていそうな女神。資金はかなり増やしましたが、まだ目的に必要なまでには到達していません」
女「じゃあ、まだ続けるしかないのね」
少女「必勝法のカードカウンティングが封じられたとは言え、私の経験もありますし、実際BJはカジノ内では一番ローリスクです。とりあえず、粘ってはみますね」
少女「……すみません、どうしても勝てません。技量も熟練も勘も度胸も運も違い過ぎます。まるで大人と赤子の早押しクイズ勝負、柔道家と華道家の喧嘩、蛸との手足の多さ比べです」
女「最後のは手足を食べてしまえば勝てるじゃない」
少女「ごめんなさい。私はもう、心がすっかり参ってしまいました。もう気持ちでも勝てない気します」
女「仕方ないわね。ここは私が引き受けるわ」
少女「無茶です! あの人は素人にやすやすと勝利を譲ってくれる人ではありません。何か、勝算でもあるのですか?」
女「あるわ。とびきりのやつが一つ、ね」
少女「…………」
女「とりあえず、戦う前に、資金を増やしたいところなんだけど、時間もあまりなさそうだし……、」
少女「分かりました、信じましょう。二時間でこれだけ集めます。充分ですか?」
女「足りるけど……、一体どうやって」
少女「さっき、ここに知り合いの姿が見えたので、その人に頼んできます」
女「それでも、そんな大金……、そんな伝手があったのなら何故最初から使わないの!」
少女「……あんまり使いたくない伝手って、ありますよね。今回はそれです」
オーナー「いや、残念だけれど行かせることは出来ないよ。賢しい君の場合、他のところで如何様を働くかもしれないからな」
少女「その心配は杞憂ですよ。ゲームをするつもりはありません、心配なら、監視カメラで私を追って下さって構いませんよ」
オーナー「分かった。自由行動を認めよう」
少女「では、失礼します」
少女「お久しぶりです。————さん」
「…………」
少女「以前、私をご指名頂いた事がありましたよね。あの時は残念でしたけど、今宵、今これからはいかがですか?」
「…………」
少女「有難うございます。あっ……。がっつきすぎですよ、もう。そういうことは、もっと人気のない場所でお願いします。ね?」
少女「お金、集めてきました」
女「歩き方、少しおかしかったけれど、大丈夫? いえ、お金が無事だから無問題に決まっているわね。でも、これだけのお金を、よく集めてきたわ。上出来よ!」
オーナー「さあ、勝負と行こうか。何をしよう。ここには何でもある。賽を振ろうか? バカラ? ポーカー? 別にBJの意趣返しでも構わない。スロットだってここには山ほどある。さあ、好きなものを選びたまえ」
女「心配は要らないわ。実はもう決まっているのよ」
オーナー「ほう、それは?」
女「ルーレットよ」
オーナー「ふ、ふふあははははは」
少女「ふざけないで下さい。ルーレットって何だか知っているんですか! あれは超ハイリスクハイリターンです。分が悪すぎます! ぼったくりですよ、あんなの。もう夢見がちな乙女なんて年でもないでしょう!」
オーナー「はははははは。失敬失敬。端から馬鹿にするつもりしかなかったんだが、思いの外に面白い冗談だった。いや、結構結構。それで? 何か戦術はあるのかい?」
女「無論よ」
オーナー「そうか。でも、今回は変則的に、ルーレット台は俺が選ばせて貰う。如何様が不安なのでな。でも、代わりに君が玉を入れてくれて構わない」
少女「あ、ああ……、もう御仕舞いです。こんなのはもう負け試合確定です」
オーナー「さあ、見せてもらおうか、君の戦術とやらを」
女「いいわ。目にもの見せてあげるわ」
女「私たちの道は死へと続く道。私たちの旅は死を目差す旅。私たちの果てはただ一つの死だけ。私たちは……、」
女「4に首っ丈よ」
オーナー「…………は?」
少女「こんな勝負、勝てるわけ……、」
女「それじゃあ、回すわね。alea iacta est! 賽は投げられた!」
少女「それ……、勝負違います」
ルーレットが勢いよく回転し、減速していくまでのゆるやかかつ緊迫した音
少女「『死に損ないは宙を浮く』。第四話 『世界のわりかし端っこにて』」