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第三話『海の上。時速25ノットで西南西へ進行中』

女「それにしてもなかなか考えたわね。妥当そうな解決案を出して公平な第三者を偽装する。一度マスカットに取り入ってしまえば遺産の在り処だって分かるはずよね。寝たきりのマスカットが一人で遺産を隠せるわけがないもの」


女「……なかなかの策士ね。よく、良い性格をしているね、とか言われない?」


少女「生憎と、そう言ってくれるような知り合いもいないもので。それに、そちら様の強欲さには全く及びませんよ」


女「なんにせよ、お金が手に入った事だし、一気に旅の進行は速くなるわね。ここからは海路を使おうかしら。世界一周を謳った豪華客船なんていいわね。どうせなら、楽しいほうがいいでしょう?」


少女「そうですね。そうしましょうか」


女「明日から楽しくなるわよ。死へと繋がる輝かしい私たちの未来を想って、今日は休みましょう」


少女「ええ、お休みなさい」




少女「……で、私はどうして、真っ暗な箱の中に押し込められているのでしょうか?」


少女「『死に損ないは宙を浮く』。第三話 『海の上(魔のシードラゴントライアングル海域)。時速25ノットで西南西へ進行中』」



少女「あの人の強欲さを甘く見ていました。私を荷物として乗せて料金を浮かせるなんて、余程の吝嗇家りんしょくかでもなければ思いつきませんよ」


少女「まあ、あの吝嗇けちには後で文句の一つでも言ってやらないと気が済みませんが、今はここを脱する事が先決ですね。自信はありませんが、力技といきましょうか」


木の箱に強い衝撃が加えられる騒々しい音


女「ねえ、貴方。そう、そこの貴方よ。お天道様の高い内から寡夫やもおの手酌なんて、酒を不味くするだけよ」


男「…………」


女「そうね。悪い酒を量で呷って喉を焼くよりは、明日を省みず良い酒を頼んで美人と一献。どちらが人生を豊かにするか明々白々よね」


男「それは……、そういうことを、期待しても良いのかい? ここの酒はなかなかに値が張るんだ。何か見返りがあった方が酒も旨くなるってものだろう?」


女「貴方の努力次第よ。でも期待はしていいわ、私は酔ったらどうなるか分からないもの」


男「成程、酔わせ甲斐がありそうだ」


少女「良い雰囲気の中すみません、ちょっとそこのど吝嗇けちに用があるのですが。なに、死にたがりを本人の望み通りに海で頭を冷やさせてあげるだけですので」


女「今は大人の時間よ。AAの土器かわらけの出る幕はないわ」


男「……いや、君、とても可憐だね。よければ俺と一献、付き合ってくれないかい? お代なんて気にしなくていいからさ」


少女「ごめんなさい。私、お酒は苦手で……」


男「なら、お酒はなしで、料理だけでも食べていかないかい? ここの料理はどいつもこいつも絶品なんだ!」


少女「で、ですが……、」




女「なによ! 世の男はみんなロリコンなの! あれが蛇のように狡猾な腹黒女だってどうして気付かないのかしら」


女「でも、これからどうしようかしら、客の男には良さそうなのがあまりいないし……」


女「船員室? お金は期待できないけれど、荒々しい海の男っていうのも、悪くはないわね」




男「結局、振られちゃったなあ。でも、この失恋を肴に呑むのも存外悪くないな」


男「ん? 霧が濃くなってきたぞ? これってもしかすると、噂に聞く魔の海域へ入ってしまったのじゃないか? 通常はこんなところは避けて通るはずだ。船員たちは一体何をしているんだ!」


走る靴音


男「ここが、船員室」


男「もしもし、どちら様かいらっしゃいますか!」


声「うるせえ、俺達は今お楽しみ中なんだ! 関係ない野郎はすっこんでろ!」


男「ひっ……」


靴音


男「あれ、呑み過ぎたかな? 幻覚が見えるぞ。霧の中から、古い、船のような……、船のような……」


男「ゆ、幽霊船だ!」


幽霊船の砲が火を噴く轟音。


男「逃げろ!」




声「おい、早くこの救命ボートに乗れ! 幽霊相手に戦えるわけがない!」


女「嫌よ、ここには私の大事な大事な財産が全部載っているのよ!」


声「そんなものは後にしろ! 命あっての物種だ。なんならこれから俺達で養ってやるから。お前さんみたいに良い女には死んでもらっては困るんだ!」


女「確かに何人もの男に乱暴されるのは悪くなかったわ。でも、金持ちでもない貴方達に私を養えるわけなんてないじゃない。……それに、本当に良い女っていうのは、こんなところでは死なないものよ」




少女「やっぱり残るって思っていました」


女「私と同じ道を選ぶなんて殊勝な心がけよ。でも、どうして? やっぱりお金を置いていくことはできないかしら」


少女「そういうことにしておいて下さい。まあ、世界の果てへ向かうためには、お金は絶対に必要ですからね」


女「そうね。で、これ、どうする?」


少女「これ?」


女「これよ」


幽霊「墸壥妛彁挧暃椦槞蟐袮閠駲」


少女「ひいいい!」


幽霊「ニク、ナイ。ニク、クウ。オマエ、ニク……」


少女「こんなの相手になるわけないじゃないですか!」


女「幽霊とは言っても、三段論法が出来るくらいに理性が残っているものなのね」


少女「悪いとは思いますが、私は逃げさせてもらいますよ!」


女「残念だけど、既に救命ボートは全て海の上。この海域を離脱しようと必死こいてるわ。それでも海に飛び込みたいのなら、私は止めないわ。どうぞご自由に。知っているとは思うけれど、海では簡単には死ねないわ。体温が奪われて凍えるまで待ちなさい」


少女「で、ですが、こんなのに食われるくらいなら……」


幽霊「ニク。ニク、クレ。クレ……」


女「出来るの? 出来ないわよね。出来たらとっくにしてるもの」


少女「でもですね……、このままここに残って幽霊さんの昼餉として、お腹を満たさせてあげるためにこの身を差し出すのか、いっそのこと海に飛んで苦しみもがきながら死ぬのか。ねえ、私はどうすればいいのでしょう?」


女「そんな事で悩むなんて、やっぱり馬鹿ね」


少女「馬鹿とは失敬ですね。なら、選べるのですか、どの選択をしても死ぬというのに!」


女「勿論。私の選択は、ここに残る方よ。残って、この汚らしい骸骨を蹴散らして、世界の果てで飛び降りて死ぬわ。胃も腸も無い骸骨の食事になんて願い下げよ! 私たちの旅は死へ向かう旅。どうして死を恐れる必要があるの!」


少女「……確かに。恐れる必要など、どこにもありませんね。最後に、優しい死が私を迎えてくれるのならば」


女「ええ、必ずそうなるわ。だって、私たちの方から向かっているもの。私たちの旅の終着点は優しい死。決してこんなところではないわ」


少女「分かりました。では、どうやって戦いましょうか?」


女「塩でも撒いておけば勝手に消えないかしら」


少女「言うと思っていました。積荷に塩があります。使いましょう」


さらさらと塩をまく音。


幽霊「唵嘛呢叭×吽……」


少女「怯んではいますが、威力が低い……」


幽霊「nama△ sarvatath◎gatebhya△ sa◎vamukhebhya△ sarv◎thā tra□ ca◯×amahā……」


少女「ここまで、ですか……」


女「骸骨風情が人間様に楯突かないで!」


幽霊「السلام عليكم」


少女「ゆ、幽霊が消えました。一体何をしたんですか……?」


女「大したことはしていないわ。塩を塗りこんだ指で目を潰しただけよ」


少女「そんなの……、そんなの、非合理的です! 目なんて無いじゃないですか」


女「世の理を超越した相手にそんなものを求めても無意味よ。ああいった不条理の手合いにはこっちも道理でないことをするのが道理というものではないかしら」


少女「不条理に対する道理……。なんだか頭が痛くなってきました」


女「相手はまだいるわ。気をつけなさい」


幽霊「10100100110110111010010011001101」




少女「何だかちょっと楽しくなってきませんか? ほら、膝に塩を塗ると金的が効くんですよ! 仮に骸骨が女だとしても、この部分には陰核がありますから……、えい!」


幽霊「南無三宝!」


女「……うん。私よりもずっと悪鬼や羅刹と言われるべきだと思うわ、絶対」


少女「船が沈みます! 仕方ありません、相手の船へ乗り込みましょう」


女「嫌よ、私の生き甲斐は男漁りと悪酔いと荒稼ぎよ!」


少女「そんなもの体でも売って稼ぎ直せばいいでしょう! 大事な事は、死ぬべきときに死ねること。違いますか!」


女「……そうね」


少女「こっちへ、早く!」


女「了解よ!」


少女「ちっ、まだ生き残りですか……、急所ががら空きですよ!」


幽霊「————」


少女「……これで最後、ですね」


女「そのようね」


少女「ええ、それで、気になったんですが、このおんぼろ幽霊船、今までどうしてこんなになってまで動けていたんでしょう?」


女「決まっているでしょう。幽霊だって居たのだし、きっと道理ではない何かよ。幽霊エネルギーなんてものがあるんでしょうね。きっと世界の果て近くまでは無事、運んでくれるでしょう。もうここからなら陸地も見えるわ」


少女「ですが、私たち、その幽霊を全部狩り尽くしましたよね?」


女「そうね」


少女「さっきからこの船、凄い勢いで減速していませんか?」


女「……そうね」


少女「もし気の所為なら全く構わないのですが、何処かから、水が猛烈に流れ込む音がしませんか?」


女「…………そうね」


少女「何か浮くもの、探しましょうか。大至急で」


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