ゆく年くる年4
卯年がもうすぐ終わる。
俺の家ではその年の干支のヤツを迎えるという風習があり、大晦日の夜は交代のために玄関を開け放っている。
通常、除夜の鐘が鳴り終わるまでに交代は行われるが、前年は最後の鐘の音が消える頃に駆け込んで来たウサギにより、別れの挨拶もなく自称「ネコちゃん」なトラは去って行った。
大晦日、昼過ぎから空に広がった雲は、深夜になり雨を降らせ始めた。
「おおやぁ、傘が必要ですねぇぇ?」
玄関から外を眺め、ウサギ──紳士(「だんでぃー」と読むそうだ)が小首を傾げる。
「雨というのも、風情があって良いものですねぇぇ」
紳士はそう言って紅茶を一口啜ると、空の一点に何かを認めたらしく、新たに紅茶を入れ始めた。
最初の鐘の音が響き渡る中、雨を纏い、玄関先へ緩やかに彼は降り立つ。
「──はじめまして、だぞい」
とぼけた声の訪問者──龍へと、ティーポットとカップを手に奇妙な笑みで紳士が問い掛ける。
「お茶はいかがですかぁ~?」
ヤツは最後までお茶会野郎だった。
「では、ごきげんようぅ」
和やかな雰囲気の中、卯年から辰年への干支の交代が終わり、シルクハットを被った紳士はそう告げると、凄まじい速さで玄関から飛び出た。
鐘は残り一つだった。
闇の中にヤツの絶叫が響く。
「ちぃこぉくぅするぅぅぅぅー!」
気にしていたらしい傘は差していなかった。
優雅なのか慌ただしいのか、よく分からないヤツだった。
「美味しいぞい」
残されたお茶会セットで寛ぎながら、龍が俺を見る。
「お前も一緒にお茶するぞい」
雨が静かに雪へと変わり行く。
俺は新しい朝の光景を思い浮かべながら、ゆっくりと玄関を閉めた。