第51話【混ざり、分けて、違える記憶】
ひとときの停滞。
何か考えて、言葉を選んでる、そんな空間。
僕の横に普通にいる真希さんに、
「ごめんなさい、あなたが外に出れないのに、私が先に出てしまって」
と春夏さんは本当に残念そうに、すまなそうに言う。
「そんなの気にするなっしょ、そんなのは前からの約束だべ、今日花とのな、別に誰のせいでもないからな、遠慮すんな、あとは任せておくべさ、春夏ちゃんになって、この世界を良く見てくるべさ」
と真希さんは笑顔で言うんだ。
ああ、そっか、それが真希さんの欲なんだね。
「じゃあ、この子にここにある全てのスキルを、『全知全能』の力を混ぜて、私は人化する、大きすぎる力をこの子が引き受けることになるわ、だから私の欲望もこの子は半分預かることになる」
と春夏さんは僕にいうんだ。
「私の目的は、あなたたちのいうところの欲望は、この世界に向かって落ちてくる『異世界』を一撃で葬る事、もう世界の至るところに漏れているから、全部壊して欲しいの」
そう言われた。
「でもそれは、このダンジョンの力の粋を集めても無理なの、だから、あなたはもっと強くなって、一撃で、誰も泣くことの無いように異世界を一瞬で破壊して」
よくわからないけど、「うん」って言う。生返事は得意。意味はわからないけど、わかるようになったら誠心誠意、全力で当たるよ。
「じゃあ、始めるね秋くん」
彼女はそう言って、僕の手を取って、最後にこう言うんだ。
「わたしの世界、あなたの世界、責任取ってね」
うーん、僕まだ4歳だからちょっと今すぐってのは難しいかなあ……、でも、前向きに善処させてもらえたらちゃんと考えます、とうか、もっと大人になってからだよね。だから、いつかの話だよね、なんて当時の僕は考えもせずに元気に「うん!」って言ってた。
もちろん、彼女の言うところの責任はそんなことではないことを知ってる。
そして位置を変えず、そのままの姿勢で僕は奈落の底に、どこへともなく落ちて行ったんだ。
その時、うっすらと聞いた声は真希さんのモノで、彼女はどこか嬉しそうに言うんだよ。
「誇るべさ今日花、今、この瞬間お前の息子は、『異世界』に選ばれ、この世界を手に入れたぞ」
こんな真希さんの声、初めて聴いたよ。
その後はよく覚えてない。
でも、気がついたら僕は家にいた。
今はこうして記憶が繋がってるけど、当時の僕は何も覚えてなくて、だからかもだけど春夏姉さんを失った事も、そして新たに春夏さんを得た事も覚えてなくて、そのまま春夏さんの両親は、まるで娘を隠すみたいに春夏さんを連れて北海道から離れて行った。
僕はと言うと、普通に母さんと一緒に過ごして、そしてダンジョンに行くことばかりを考えていた、だから夢見ていた。
以前とは違うのは母さんとの手ほどきにも真剣に当たっていた事、ダンジョンに行くために嫌いな勉強を頑張っていた事、その時、母さんから、「赤ちゃんの顔から男の子の顔になったわね」なんて言われたけど、まあ、そう言うのいいから頑張って今以上に強くはなろうとは思ったよ。
でも、母さん情報だと、このくらいどこのダンジョンウォーカーな親子もやってる事だから、って言われて、今以上を求めようとしたけど、それは止められたんで、仕方なく山に入って、ヒグマを狩ってた。最初の頃はビビったけど、でもまあ、そうでもなかった。
そんな毎日が続いて、僕はダンジョン発の前日に母さんから、母さんの友達の娘を頼むって、言われたんだよ。
だから、今は確信してるけど、その電話の相手って、母さんの友達の明日菜さんではなくて、きっと真希さんだったんじゃないのかな? そう思うといろんなところで合点が行くんだ。
そして、今、僕は尋ねられる。
「全部思い出した?」
今の春夏さんにそう尋ねられる。
「うん」
今の僕はそう答える。
春夏さんは言うんだ。
「あのね、秋くん、この春夏の残留していた最後の思念が見つかったの、あなたと結婚式をあげたら、形ばかりの心に片隅から急に大きくなってきて、今、私の中全体に広がっている」
そっか、そんな事だったんだ。
「この子ね、死の間際にね、あなたと結婚してあげれない事を悲しんでたの」
昔、僕は本気で乱暴者の春夏姉ちゃんにプロポーズしてたなあ、本当必死で、もう死んでしまいたくらいの黒歴史だよ、忘れてよって思うけど……