第50話【等価交換された約束】
きっと春夏さんもギリギリなんだ、必死なんだ、って思った。
「ごめんなさい、それで良いです」
と揺らいだ決心を謝る。
「ただってわけじゃないの、あなたも、秋くんも私の半分の責務を負うの」
言ってる言葉、当時の僕には半分も理解できないけど、それでも
「うん」って言う以外の返事はなかった。
「みんな混ぜる、だから私を半分あげる、でも力はあなたのまま、それを使って世界を一撃で討ち滅ぼして」
と言った。
「永遠く、彷徨う世界を、もうすぐこの世界に近づいて、手の届く場所に来るから、その時まで、秋くんは強くなるの、今よりももっと、例え世界を全て敵に回しても平気な男の子になるの」
子供ながらに思った。いや、多分、子供だから気がつけたんだ。
この決断は、きっと彼女にとってもギリギリのもの。
僕らにとっての盟約。
そして、この時点て僕はそれが可能かどうかなんて考えなかった、いや必要もない。
彼女は僕を信じている。
どうかしてるよ、だって出会って間もない男の子、4歳児だよ。
でもそんなの関係ないんだ。
春夏さんって、いつもそう。
いつでもどこでも僕の事を何よりも先に思い計ってくれる。
僕のために、僕にとって一番いいように行動してくれるんだ。
どうして? って尋ねると笑うだけ。
でも今、この春夏さんの唇が開いて言葉が溢れる。
彼女は言うんだ。
「春夏への想いがね、素敵なの、あなたの気持ちがね、例え偽物でもいいから体験したいの」
とてもいい笑顔。
これが彼女のメリット。
だから思う、と言うか今だから思える。
彼女もまた、外に出てみたかったんだ。だから春夏さんになりたかったんだ。だからこれは彼女の欲なんだね。
つまりは欲求で欲望だったんだ。
そして、僕は確信するんだ。
やっぱり、僕の初恋は春夏さんだったんだなあ、って、春夏姉ちゃんじゃなくて、本当に感じた事のない、心の縁から中心にまでジワっと広がるやけに熱く波打つ温感。
僕はこれ以降、春夏さんのいる時はずっとこの感覚を持つことになるんだ。
そんな僕の手を持って、春夏さんは言う。
「じゃあ、始めるよ秋くん」
「うん」
もういい、どうにでもなれ! って言う奈落の底に飛び降りる覚悟と、そしてどうしてか、春夏姉ちゃんではない彼女の、春夏さんの顔を見ていると僕はどうにも安心するんだよ。
「大丈夫、一応はこの記憶も一緒にマニュアル化して分離した意識を圧縮して背骨あたりに保存しておくから、本当に困った時には出るようにしておくから」
って言う、一応は保険をかけてくれるみたいな言い方。
当時なら、わからないけど今ならわかる。
とても丁寧に大切にしてくれたんだ。
あの時できる最大限を春夏さんはしてくれたんだ。
そんな気持ちはかつての僕もわかったようで、小さい幼い僕は納得するというかこれ以上何を彼女に求めるって言うの? になる。
だって、いろんな物に対する欠損や不備は時間をかけて治るって言うんだもん、今は無理だけどいつかは治るってそう言ってるんだよ。ならもう良いじゃん、になる。
うん、大丈夫。
信じてる。
もう、任せるから、好きにして。となる。
そんな僕に気持ちを十二分に理解しているのか、
「大丈夫、本物の春夏が帰ってきたら全部思い出せる、私がもらった傷つけた部位も元に戻るから、そこに記憶が蘇るから」
と言った。
そうか、ならいいや、春夏姉ちゃんが蘇るならそれでいい。
そして春夏さんは僕に一つ条件をつけた。
それは、
彼女は、僕の春夏さんは言うんだ。
「いつの日か落ちてくる、『異世界』を一撃で壊して欲しい」
って。
「そして、ここにいる人たち、落ちてくるみんなを助けて欲しい」
「大きな破壊を、一瞬の攻撃でないと、崩れ落ちる大地を消し飛ばさないと、きっと多くの命が失われれる」
「あなたの力を私の力に混ぜて、安全に、綺麗に、この北海道の大地に異世界の大地を混ぜてとかして多くの命を救って欲しい」
これが多分、このダンジョンにおける一番大きな契約だったんだ。
「あなたは強い子」
と僕の目を見て言った。
そのことについては僕は本当によくわかってなかったから、正直、返答に戸惑うけど、
「ああ、そうだべ、この子は生粋で、しかも選りすぐりの子だよ、したっけ、まだ強くなるべさ」
とどうしてか真希さんが答えてくれた。