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第40話【契をはたすのは誓う口づけ】

 なるほど、唇を中心に徐々に顔の角度が変わって行く。こっち、つまり僕の中心も僕の唇だね、つまり僕の唇と春夏さんの唇が同じ軸線上に乗っかったってことになるね。一直線上だね。


 ん? あれ? でもこれじゃあ、今度は唇が当たってしまうなあ。


 いや、ちょっと回避……、ダメだ完全にロックされてる。


 そして、春夏さん、僕の顔も操作し始めたよ。


 と言うか微調整を開始してる。


 僕より背の高い春夏さんだけど、その上、さらに靴で高くなってるから、同じレベルに顔はないんだ。


 だから、割といい角度で僕は春夏さんを見上げて、彼女はその上から若干の姿勢をコントロールしないとならないから、これって多分、高等技術だと思うんだ。


 いや、春夏さん、マジでこれ、ふりなんだって。ごっこなんだって。


 お医者さんごっこでガチに帝王切開している気分になって来る。


 いや、もう死んじゃうから。


 って、一瞬というか、ここから僕の思考はパニックに陥る。


 かつて、こんなに力強い春夏さんってあっただろうか?


 接近するその瞳には決して退かないという断固たる決意がある様に思えた。


 う〜ん。まあいいか。


 相手は春夏さんだもんな。


 ちっちゃい時何度かしてるし。


 これが初めてってわけでもないから、と僕の中に謎の記憶が蘇る。


 なんか会場が騒がしい。


 悲鳴? いや歓声かな?


 本当にドキドキうるさい。


 あ、これ僕の心音だった。


 いや、だって、もう唇は触れ始めてるから、僕は春夏さんの唇を感じているから、正当なかつノーマルに興奮はするでしょ、だってもう仕方ないじゃん。


 ってギュッと目を閉じてしまう僕に、触れ始めた唇で春夏さんは言った。


 「目を閉じちゃダメ」


 そして、


 「私の奥まで全部見て秋くん」


 まるで僕の耳に届く前に空気にとろけそうになるその声に、僕の目は完全に見開かれた。


 見開かれた僕と春夏さんの瞳と瞳。


 もう、眼球が接してしまいそうなほど、近すぎて見えないくらいの距離なのに、僕は目に映る春夏さんを求めていた。


 どんどん近く、もっと強く。


 気がついたら僕は春夏さんの腰と肩に手を置いて、いや掴んでいた。


 息をするのも忘れて、僕は激しく、絶対に届くことはない春夏さんを、中にいる彼女を求める様に引っ張って、僕は自身を前に前に押したんだ。


 ああ、頭が、思考が白く明るく消えて行く。


 あるのは原始的な欲求だけだ。


 そっか、僕の欲しかったものはこれだったんだ。


 奥にある。


 一瞬だけ触れた。


 すごい満足感。


 でも、すぐに離れてしまう。


 だから、足りないという不満。


 もっと欲しいっていう欲求。


 だからこそこれから先、離れて行くんだという、僕の中に最初からある重い硬い不文律な悲壮感。


 近くなった事でより現実味を増す。


 そして、これでようやく、という謎の達成感。


 全部一緒に、そしてごちゃ混ぜんいなって僕の頭から排出されて行く。


 感じているのは、春夏さんの唇。


 そこを通して硬く当たる春夏さんの歯の感触。


 優しい息遣い。


 そして僕の体に埋めるように激しく強い春夏さんの指先、だから腕の力。


 痛いけど嬉しい。


 離れる事を忘れて、一体どれだけの時間、僕は春夏さんとキスしてただろう?


 時間でも止まっているかの様な感覚に、永遠を感じた。


 そして、遠ざかる春夏さんの笑顔。


 再び会場は歓声で湧き上がった。


 惚けている僕。


 多分、全身に力なんて入らない。


 ただ、ただ、春夏さんの笑顔から目が離せないんだ。


 そんな春夏さんが言うんだ。


 「ああ、秋くん、春夏が目覚めて行く」


 って。


 うん、そうだね。


 そっか、これで漸くかあ。


 「彼女の続きがこれで始めることができる」


 そう言う満面の笑の春夏さん。


 この時点で僕らは一つの約束を果たした。


 契約書もなんの軛も無い、子供の口約束みたいなもの。


 でも、僕らにとって、それは全てだったんだ。


 だから、今、約束が一つ果たされた事で、その約束が終わろうとしているんだ。


 つまり、僕らの関係が終わろうとしている。


 最初からわかっていた事だ。


 わかっていた事なのに、僕の心は不安でもなく、不満でもなく、ただ悲しみに浸されて行く。


 喜ぶ春夏さんの笑顔に、僕は何を、どう答えていいかわからなくて、この拍手喝采の結婚式場の中にただ僕の暗くなる心が浮かんでいるみたいで、わかるのは一つ通過点を通り過åぎたって事。


 それはきっと今の僕の感情なんて連れて行ってはくれないって、その時の僕は思ったんだ。

 

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