第34話【僕は、春夏さんと結婚するんだ】
「おばちゃん、普通に、本当に、今日の天気の事を話すくらいの気軽さで、『そりゃあ大変だったね』ってニコニコして、芋餅一個オマケしてくれたんだ」
と言って僕の顔をじっと見る八瀬さん、あ、返事欲しいんだ。
「いや、それって、普通だよね」
って言うと、
「ほら、これだよ」
って呆れた見たいな仕草で八瀬さんは言った。
「いや、だって、人は人、他人は他人だもの」
と言ったら。
「そりゃあ、そうだけどさ、多くの人間て、それは建前なんだよ、でもこっちの人間て、それが本音なんだよなあ、その癖、助け合うとかさ、当たり前な所もあるし、でも個人主義っていうか、そんなところを大事にするよね」
北海道で生まれた僕にとってそれは当たり前な気がして、特に何をってことでもないきがするんだよ。だから余計に僕は北海道外から来た人にはそう見えるのかなあ、って感心してしまった。
そして八瀬さん、
「だからここにダンジョンがあるのかも知れないね」
って言ってた。そんな八瀬さんの横顔を見てると、この人もまた北海道ダンジョンに救われている一人かも知れないなあ、なんて思ってしまったよ。
「え? なに? 僕の顔に何かついてる? それとも何かな、僕も君のお嫁さん候補にしてくれるのかな?」
最初の言葉は割と本気で言ってるけど、最後の方は完全に遊んでる八瀬さんだよ。
「いえ、それは無いです」
って言ったら、
「君の冷たさはいいよね、本音だもんね」
って言って喜んでる八瀬さんは、割とまともな人なのかも知れないって、たまに親戚のおばさんかよ、って思うくらい、この人はこの人なりい、幾重にも苦労を重ねてるせいなのだろうなあ、ってそう思った。
で、話は土岐とリリスさんに戻って、
「ちょっと残念だね」
って僕は本音で言った。
「気にするな」
とリリスさんが言った。
そして、
「これは、運命だったのかも知れないと、今、確信したよ」
と、きっといつのなら女子高生くらいの容姿なリリスさんが、物凄い大人に見えた。大げさかも知れないけど、例えていうなら僕の母さんとかに言われてるくらいに、そんな所から意見を言われている気分。
それでも、僕は、
「土岐と結婚式できないのが運命だって事?」
って子供みたいに素直に尋ねてしまう、いや、僕、子供なんだけどね。
「私達は、この結婚式の模造品をお前達に届ける使命を負わされていたのかも知れないな」
とても深い、でもどこか優しく、でも悲しい言葉に聞こえた。
リリスさんの言葉が僕の耳に残る中、春夏さんの声が聞こえた。
「秋くん、結婚式だって、私も嬉しいよ!」
って彼女にしては珍しく興奮気味に言うんだよ。
うん、そうだね、僕はこれをずっと以前から彼女に言っていたはずなんだけど、でも、何だろう、この異物感。
違和感とは違う、決して食べられない何かを飲み砕く感じ。
そして、僕は僕の心のどこかにある、指定もできない曖昧な場所に、大きく不安が癒着していることに気がついている。
表面的なものでは無い、もっと根源的なもの。
完成する。
これで、全部上手く行く。
だから僕は失うのだろう。
辞めておこうかな、とも思うけど、これはここだけの流れのある場所ではなく、もっと大きな流れの中での問題だから、ここを通らないって選択をしても意味もないんだ。
今の感情を簡単に言うなら、僕はショックを受けて、さらに絶望にかかり、そしてたっどりつくべき場所の存在に、安心してたんだよ。
まるで、星の無い暗い夜に、ろうそくの炎を見出したみたいな感じ。
愕然と、ただ僕然とする僕の眼に映るのは、喜びに笑顔を輝かせる春夏さん。
その声は踊るように、
「秋くん! 私、勝った!」
喜びに満ちて、まるで坂道をコロコロと転がり落ちて来るように、そう春夏さんの声が響いてきたんだ。




