第10話【広がる汚染】
自衛隊の人達まるで動かない。この対応は最初から決まっていたみたい。まるで雪華さんがここにこうして来るのを分かっていたみたいに、騒然と静まり帰っている。
そしてわずかな時を置いて、その真ん中付近に、とっても立派な制服姿の偉そうなおじさんが出て来て、雪華さんと向かい合った。でも距離はある。
「これは、大柴のお嬢さん、いかがなされましたか?」
と、大きな声で、ここにいる誰もに聞こえるようなハッキリとした言葉でそう尋ねて来た。
「それはこちらの言葉です、これは、この騒ぎは一体なんの真似ですか?」
雪華さんの言葉も、騒然としていた野次馬が静まり返る中、このビルに囲まれた大通公園に響く。
凛とした強い雪華さんの視線を受け止めるのは、どこか飄々として、スッとぼけた初老の制服おじさんは、頭に乗せていた帽子を小脇にかかえて、雪華さんに一礼した後に、こんな事を言い出す。
「大柴のお嬢様、あなたはダンジョンを利用する人間です、だから、私たち一般人はあなたの言う事、行動を信用しない」
とても柔らかく、知己に満ちた優しい言葉だけど、その底には冷たくて重い感情が流れている。僕にわかるくらいだから、雪華さんも気がついているよね。
「説明になっていないでしょう? この行動に至る理由と、それに至る根拠はなんでしょう?」
皺だらけの自衛官、そこ場にいる恐らくは最高責任者は、彫り込んだ様な笑顔を雪華さんに向けて言った。
「人間の魔物化ですよ、もうこれは立証されている事実です」
人の魔物化とか………、このおじさん、何を言っているのだろう?
僕には、とういうか僕らには尻尾も羽も、ツノも増してや猫耳もないのに、って思うけど、一部の人達からは特にスキル関係について、それを病気の様に扱う人達もいるにはいる。
特に身体に影響する様なスキルについては、人の枠ではないって問題視してる人も多い。
そんな事、以前から言われていた事だ。だから一回ダンジョンに入ってしまった僕らは、公式の大会などに出場できない。
それでもちょっと前までは、格闘系の試合などはかなり多目に見られていたけど、最近は締め付けが厳しなっているって、話は春夏さんから聞いていた。
特にダンジョンウォーカーの中にはスキルを身につける人間とかもいるから、それは確かにその競技に置いて有用なスキルならちょっとズルいかな、とは思うけど、そういう人はみんなダンジョンに入り浸る様な人達ばっかりで、そんな人間は皆、公式な競技大会とかにほとんど興味も示さない人は多いし、やっぱり、選手として競技でいい成績を残したい人はダンジョンに近づかないから、その辺の棲み分けはきちんと出来ていたはずで、少なくともそれないりの歴史だってあるんだから、何を今更、って感じなんだけど、一緒にいた八瀬さん曰く、
「ほんと、ケチなんてどこからでも付けられるもんだよ、それを理由にして、あんたらは何をしたいのさ?」
珍しく怒ってる。八瀬さんもこんな感情の出し方するんだな、って思った。
「これ以上の汚染を防ぐのだ、これは揺るぎなく国を守る行為に他ならない」
とか言い出す。
つまりはダンジョンを封鎖する事で周辺の治安を守ってるって訳なのかな?
汚染て何? インフルエンザか何か?
思わず春夏さんを見ると、そんなん事実は無いと言わんばかりに激しく首を横に振ってる。
で、自衛隊のおじさん見ると自信満々に微笑んでる訳だ。
ああ、こいつ、ちょっとヤバイな、って僕はその自衛隊の制服着ているおじさんの目を見てそう思ったんだ。
僕はこういう目を知ってる。
かつて、あの異造子たちもこんな目をして、こんな事を言ってた気がした。
自分の行動を全く疑わない、そんな感じ。
それに、このおじさんの表情というか、言ってる言葉に対する絶対感、どっかで見たことがある様な無い様な、自分を強制的に信じてる感じというか………。
総じて言えることはこうなってる人って、自身の思考に間違いなんて見出せない。
僕は思った、なぜ思えるかも不思議だけど、何もわからないけどなんとなくって言う強い根拠はあるんだ。このおじさん、人の言うことなんで絶対に聞かない。疑いすら持たない。僕はこの状況をよく知ってる気がするんだ