その79その63【エピローグ 少女の進路】
その日、水目柚葉は、つけ置き洗いしていた、綿菓子の機械の一部、ついでにエプロン、ほっかむりを水から出して、念入りに絞って、濯いだ後、水を切って縁側の、比較的邪魔にならないところに置いて、乾かしていた。
一日いっぱいつけていたから大丈夫だろうと判断し、これでも一応念入りに確認したつもりだ。そして、これ以上は無理だと判断した。
この作業が終わって、次のお祭りまで倉庫にしまう頃には、もうお祭りも終わったんだなあ、と今年も無事に終わった事に安堵するのである。
同時に一欠片のさみしくもあるが、今年は例年に比べ、大げさに言って虚無感みたいなものがその胸に去来していた。
北海道から来た人達がいたから、そう思うのかもしれない。
あの後、お祭りが終わって、みんなで後片付けして、さらに次の日には北海道から来た人たちはみんな帰って行った。
帰るまで、割とギリギリまで北海道の人達も、自分の仕事のない人まで手伝ってもらった。
特に、あの、真壁秋さんの周りの女の子は積極的に柚葉の屋台に来て片付けてくれた。
本当にいい人達だったなあ、と思い出す。
お別れは残念だったけど、ダンジョンウォーカーの人たちって、基本学生なので、概ねみんな学校があるらしい。仲良くなった彼女達に聞いたのだが、今も普通に学校はやっていて、みんな公休取ってやって来てるという話だった。同じ学生の立場で、こんなに休んでしまって大丈夫なのかなあ、とは一応心配はしている。
それにしても、本当に、みんな良く溶け込んでいた。
自分も、これから知らない場所に行くことになっても、あんなに短期間で打ち解けられるのだろうか? ってそんな質問じみた言葉を発してしまった時、彼女のうちの一人が、
「ダンジョンウォーカーでは深階層なんかでは知らない人と強敵と当たる時もあるからな、きちんと出来ることしたい事は
最初に伝えて置くんだ、そういう習慣が身についている」と白い大剣の女の子は言った。
私にはできそうもないなあ、って顔をしていると、もう一人の女の子が、
「ダンジョンに向いてない子なんてないから、来たい人が来るところで、みんなが戦ってるわけじゃないんだよ、だからウォーカーなんだよ、ファイターでもバトラーでもないから」
と言ってくれた。
そうかみんながみんな戦ってるわけでもないんだ、と初めて知る事実に目から鱗の柚葉だった。
だが、それにしても勇気があると思う、でないと、こんな見ず知らずの場所でいきなりコンビニ店員なんて出来るくらいの度胸もっている人だもんね、と自分とは明らかに違う何かを見出していた。
だから北海道の人間、特にダンジョンウォーカーの人はみんな人一倍、適応力があるのかもしれないと、柚葉は思った。
そんなお話ができて、柚葉の心には何か炎が灯った気がした。
彼らが去って、静けさを取り戻した町は、いつもの柚葉の知る多紫町だった。
町、唯一のコンビニには相変わらず微水様が暇そうにレジの前に座っていた。
結局、お気に入りの子の剣を一本造ったきり、その後の仕事はしていないみたいだ。
それでも、飲み物を買ってお金を渡す際に、
「柚葉ちゃんの剣は俺が造ってやるからな」
とか言われて恐縮してしまっている。そんな、私になんてもったいない。と思いつつも、自分の気持ち、これからやろうとしていることはしっかり見透かされていたのだ。
あのバイトしていた剣士様は綺麗だったなあ、と、本当にあの真白い剣がよく似合っていた。上品な王女様みたいだったと、コンビニを去る時に今も思い返す。
何より、あの夜の御前試合だ。
すごかった。
この町に来て、直ぐに『最弱』認定された少年。
あれだけ、叩かれても、小学生にバカにされても、意に返す事なく、気にしている素振りもなく、何も感じないが如く普通の人だった。あそこまで強くなってしまうと、自身の強さとか、周りの評価とか気になってしまわないのだろうか? とも考える。
人物的にも不思議な雰囲気だった。
そして、彼のお母さんも含めて、今の町内では武神様親子になってしまって崇め奉られているようだ。初代微水様も、特にあのお母さんの写真を境内に飾りだしているらしい。
そして、今年の御前試合は、きっと後世に語り継がれるだろうと、何より自分が語り継ごうと思っている、絶対に語り継ぐと決めている柚葉である。
本当にすごかった。
もう以前のベストバウトなんて忘れてしまったくらいの勢いである。
いや、一心家も二肩家も良かったのではあるが、今年の戦いの足元にも及ばない。
集霧院秋鴉の蒼様も相当にすごかった。
しかし、そのすごい蒼様を、その場所から一歩も動かずに迎え撃っていていたダンジョンウォーカーの少年。
蒼様の攻撃を一度、自分の剣に乗せて返していたあの姿、光景は忘れられない。
自分ですらわかるのだから、この町の強い人にならみんな理解してくれてると思う。
もうあの時の会場の雰囲気とかも今までにない静けさだった。
だから北海道ダンジョンって、いつもあんな戦いを繰り広げている所なのだろうか? と興味を抱かずにはいられない柚葉である。
ちなみに今回の戦いは各人、動画は撮影されているので、そのうち、みんなで見る事があったら、それぞれの動画をもらって編集版を作成しようという意識はある。
しかし、柚葉にはそんな時間も残されてはいないのも事実であった。
なぜなら、今日、進路希望調査に、自分のやりたいこと、そして、行きたい所を記載したから、きっとその内容は受理されて、近いうちに、柚葉もこの多紫町を離れる事になるのがわかっているからだ。
以前の憂鬱だった柚葉は、今回の出来事で、自分の行く先を見つけた。
自分もダンジョンウォーカーになりたい。
強くなるとか、そういうことではない。
ともかく、北海道で、ダンジョンで、彼ら彼女達のいるところで空気も感じてみたいと、柚葉の胸にそんな希望が灯り続けている。
北海道へ行こう。
そして、縁側に腰掛けて、空を見上げると、自然に口から溢れる言葉。
「私、ダンジョンウォーカーになる」
以前の揺らぐ気持ちが、不安な胸中が吐き出されて、外気に溶けてく息と二酸化炭素のように霧散して、 ただあるのは綺麗で体温よりも冷たい新鮮な空気。
それが全身に広がる今は、もう、迷いなどは無く、吹っ切れた感じの先へ対する期待しかない、そんな柚葉になっていた。
◆閑話休題章 青鬼見聞録 [隠匿された里の物語]終わり