その74【全てを受けて立つね 】
それは蒼の腕に弾かれる感覚として確実に残っている。
「すごいね、今までで一番早いんじゃないかな?」
と、その一番早い攻撃を食らって物ともせずに、秋はそう言った。
悔しいとも、残念とも思わない。
お屋形様なのだから、これはもう当たり前の事なのだ。
でも、
「まだです、まだ早くいけます!」
と蒼は言った。失望させないように、落胆させないように一生懸命に伝える。
もちろん大げさなつもりもない、事実それができると蒼は信じられる。そのためのこの秋鴉でもあるのだ。
そのまま蒼は、まるで体を投げ出す様に、秋に挑んだ。
炎のが生み出す明かりの中に、様々な連撃が金属の高い音となって響く。まるで、打楽器の様に、連符の如く、連続でいて途切れることのない音楽の様に鳴り響いた。
上下からの34撃、横から斜め後ろへの62撃、胸から大腿部へのい重い12撃。
悉く破れ、そして進もうとする刃を弾かれる。
蒼が攻撃する力と同じ力で、打ち込む力をそのまま返す様に戻される。振り下げる起動は、そのまま同じ軌道をたどって跳ね返される。
遊ばれている様な、まるで理解もできないその剣技に蒼は舌を巻く。
一体、これはどの様な技なのだ?
刃の撃ち合いに、こんな返し方ができる人間が他にいるだろうか?
まるで、自分自身と打ち合う様な感覚。
押し込めば押し込むほど、自分の姿を見失ってしまう、そんな反連撃。
一瞬、焦りの色を秋に悟られ、そんな顔を見て、蒼は悟るのだ。
ああ、そうか、この攻撃ではダメということか。
言葉でなく雄弁に刃で、また蒼は教えられる。
これは違うと、簡単に合わせられるということは、この攻撃で自分を表す段階までは到達しないと、お屋形様は教えてくれているんだ。そう蒼は納得する。なるほど、と。
かつてこのお屋形様は、深階層において、有力な組織をたった一人で倒した事があるお人だ。何より自分も結局攻略方法を見出せなかったあの葉山静流の重斬撃を凌げる人間なのだ。いかに剣が、秋鴉が優秀だろうと、私一人の相手など容易いという事実を今更自覚した。
一旦、距離を取る蒼。
なぜこの様な形になってしまったのか、早いとは言え、単調な攻撃を繰り返してしまったのか、答えは明白だった。もちろん単調と蒼はいうものの、普通にはそう簡単に凌げるものではない、それだけの猛攻でもあったのだ。ただ相手が悪い。普通に凄い攻撃くらいならそよ風にも満たないのがこの真壁秋という人物なのである。
だから蒼の猛攻は高く評価される。
それが証拠に、町の人間が全部集まっているこの場は、まるで無人の如くの沈黙に守られている。最前列にいた蒼の家族、菖蒲に焔丸などは瞬きすら忘れているのである。
しかし通らないその攻撃に、自分の出した猛攻に、すぐさま反省する蒼は、
「申し訳ありません、酔っていました」
と呟き詫びる。
「いいよ、すごいから、仕方ないよ」
と秋は言う。
その武器の切れ味に、その性能に、そして、引き出される力に。
それは秋鴉の性能によるところの、初代微水が作り上げた武器としての性能に酔ってしまって、自身を失ってしまっていた。そのことへの詫びなのである。秋としても、しかたないと、蒼さんの所為じゃないよ、と秋も納得しているのだ。
距離を取った蒼は大きく息を吐き出す。
つられる様に秋も深呼吸。
「大丈夫? 落ち着いた?」
と秋の問いに、
「はい」
「じゃ、またやろうか!」
と待ってくれる秋の姿に、お屋形様と戦える、その意識の向こうに、未だ知らない自分に会える。あの他人に対しての限界を告げるサイレンは鳴らない。
この瞬間、蒼は初めて解放された様な気分になっていた。
そして、これからすぐに出会える、先の自分を意識しつつ、蒼の全部を受け止めてくれるお屋形様、真壁秋への崇拝にも似た尊敬の念に、少し、自分の知らない感情が入って行くことに未だ気がつかないでいる。
ただ、その存在は夢の様だと、真壁秋を前にそう思う蒼であった。