その73【全てをぶつけます!!! 】
蒼の腕にはズシリとした重さ。
決して不愉快さはない。安堵にも近いその存在感は、蒼の腕を伸ばしてくれる。
夜に溶ける神社の裏の広場、今はこうして闘技場として使っている。
長い年月、踏みしめられた硬い地面はダンジョンの床よりは幾分の柔らかさを感じる。普段は町の子供たちが、遊ぶ場所だ。つまり蒼もまた、子供の頃から慣れ親んだ場所でもあった。
自分の地の利に対してお屋形様は大丈夫だろうかとも思う、蒼はこの後に及んでお屋形様の心配をしているのが滑稽で、嬉しかった。
いかなる時においても大事に思っているのは違いないと、そう思えたからだ。
そう思い見る、お屋形様、つまり秋の顔は「?」と言った顔をしていたので、もとよりお屋形様には地の利などという物は取るに足らない些細な事なのだと、そう思い出した。
比べて自分には随分とこの場所からの安心感がある。
体に馴染む、この温度そして風にこの明るさと呼ぶにはとどかない暗いこの空間に、懐かさを感じていた。
この光は赤く、まるで血の明かり、いや血潮の明かりだ。
時折パチパチと火の粉を巻き上げ空に消えて行く。所詮、はるか彼方から照らす空にある小さな星の輝きにも満たない哀れな原始の灯火。
以前、二肩に負けたた場所だ。そしてその前に一心に負けた場所だ。
かつて経験した苦い思い出。それは決して形の上で負けたことなどではない。ただ充たされないのは、力を出し切れない思い。
今は、そんな気負いを感じなくていい。
勝つとか負けるとか、お屋形様を前にして、この北海道ダンジョンウォーカーのかでも規格外の力を持つ真壁秋の前にあって、それは些事と言えた。
まるで、期待して揺れる心のように、松明の炎は揺され二人の影は揺れ動く。
幻影の様、幻の様。これは夢なのではないかと疑う気持ちが蒼の顔を目の前に向かせる。
まっすく前を向くと、そこにはお屋形様がいる。
ああ、良かった。
そう安心する、だから、蒼は宣言する。
「思いっきり行きます」
秋は笑って、
「いいよ、じゃあ、思いっ切りおいでよ」
そう言ってもらえる。
「加減はしません、本気です」
また、秋は笑う。
この言葉が自分を鼓舞しているわけではない。出てしまうのだ、もう辛抱でない気持ちが弾ける様に言ってしまうのだ。
嬉しい、楽しいその喜びに、踊り出しそうな蒼なのだ。
お屋形様相手に加減しないとか、何を調子に乗っている様な言葉だと思われるかもしれない、しかし、本気で対峙できると思うと、心の底から、湧き上がって来る激しくも喜びに満ちたテンションになって行く蒼なのである。もう、止まらない、止める事が出来ない、止まるつもりもない。
「いいよ、加減なんてしなくていいよ、わかるよ、すごくだよね」
側から聞いていると何を言っているのだ、この人はと捉えれる言動ではあるが、この時の蒼にとっては、まさに一番欲しい言葉であるのに間違いはなかった。言葉の質なんて問題ではないのだ、ただ肯定してくれる真壁秋の存在が眩しい程に嬉しかった。
ああ、やっぱりこの方は最高だ。そう思う蒼は風に揺れる炎に照らされて、緩りと動く。
何も考えずに秋鴉を振り上げて見た。
いい、まるで翼を手にれたような錯覚に、自分はこのまま空を飛べるのでは、この暗い青色の空が自分のものになったような、そんな幻想を抱いてしまう。
気がついた時には、それは一斬となって、秋に襲いかかって行った。
なんの工夫もない、自身が知らない速度と重さの一撃が繰り出されていた。
ガチンっと空中にその音か響く。
弾かれた。
そしてそれと同時に自分が攻撃していた事を自覚するに至る、意識を置いて行ってしまう一撃が放たれていた。
一瞬、自分のイメージを追い抜いていたことに今更気がつく。