その67【水島と紺】
体をありえないほど捻り強回転させて、斬りかかって行く。
それでも、合わせて弾かれる。
真壁秋に対して、そんな繰り返しを百目紺がしている。
水島は、今は後ろに下がって、その様子を見ながら、隙を伺い、ここぞって所で出ようとすると、「水島先輩! 今です!!!」と声がかかるから、「わかってる!」と、お前のタイミングじゃあねえから、俺もそのタイミングが良いって思ったからな、ってどうししても言い返さずにはいられない。
いつも思うがこのクソ生意気な後輩は、やたらと頼りになる。何より、こんな自分を先輩だと慕ってくれる。後で聞いた話だと、自分の方が歳は下だったらしいが、いつの間にかなんとなく面倒を見ているうちにすっかり自分が先輩になってしまった。
一個だけ年上の後輩は、最初は地下鉄にも乗れなかった。しかも大通駅では迷子になるし、その度に水島が面倒を見ていた。札幌駅前から、どうしてそうなったのか、滝野すずらん公園(20km程)まで迷って行ってしまい、その時は流石に家族に頼んで車で迎えに行った時、すっかり夜になってしまった公園で、捨てられた子犬みたいに丸まって震えていた。
その時、彼女を見て水島は自分の両親には色々言われた、「ちゃんと面倒みろ」とか「優しくしてあげなさい」等、その頃から、どういう訳か、水島の家でご飯をご馳走になる日がある、いや最近はほぼ毎日で、水島の母と、本人である息子抜きで一緒に買い物に行く事なんて日常茶飯事になってしまっている。そして、今回も一緒に紺の両親に会いに行くことを話すと、とても喜んで、向こうの両親によろしくと、水島は自分の両親に言われる。
母や特に、紺を気に入っていて、まるで娘ができた様だと喜び水島などそっちのけで本当の娘の様に可愛がっていた。
そんなのが普通になって、いつの間にか自分に最も近い異性が紺になってて、と言うか日常にまで紺は溶け込んでて、多分、このまま行ったら、普通に付き合ったりとかも有りなんだろうなって思うこともあるが、水島の友人たちは、特に揶揄う様子もなく、傍観している感じだ。
それでもD &Dの左方や、同じギルドの相馬あたりとはよく紺は連んでることがあるなあ、なんて思っていた。
「何ぼーっとしてるっす?」
ってその紺から檄が飛ぶ。
「ああ、悪い」
と言う相手は、今、戦ってる真壁秋だ。
「別に良いよ」
って言ってくれる、最初の頃は色々とあったけど、こいつは良い奴だよなって、本気で思う水島である。それに、紺とかの剣技とか身体能力を見て、相当にすごいのに驚けなかったのは、最初の段階で、この真壁秋の規格外な強さを体験してしまったいたせいもあるんだ、なんだ常識の範囲内じゃん。って、ダンジョンウォーカーでもどんな強者にあったにしても、大して驚けないでいる。
今も考え事をしている自分に対してちゃんと合わせてくれる。本当にいいヤツ。
そんな様子を見ながら紺は、これならもしかしたら、一本くらいは取れるかもしれないと言う、謎の欲求が頭をもたげてきていた。
いや、ダンジョンウォーカーたるもの、特にダンジョンに関わっているものとして、このお屋形様、真壁秋に勝ちたいと思うものは多く、そして、そのチャンスが今、ここに転がってきているとそう感じている紺である。
つまり、水島を使って、うまくやれば紺にも一本取れるかもしれないと言う悪計を巡らさずにはいられない状態だった。
そこまで考えて、いや、何をしようとしてるんだろう? とも考えてしまう。
ここは水島に一本取らせて上げた方が、今後、彼の為に、水島の為になるのではないかとも考える。
常に水島のお母さんから「祐樹の事お願いね」と頼まれてる。
何をどうお願いなのか、広範囲に渡っているので具体的には今一つピンと来ない紺ではあるが、今回の戦いで水島をアシストする事でそれが果たせられるのなら、それもまた良いと思っていた。
返して水島もまた、紺の真剣な挑戦ぶりに、彼女こそ、本気で勝ちたいのだと、そう思い込んでいた。
だから、
「隙を作る」
「作るっす」
が同時だった。
「いや、お前、真壁から一本取りたいんじゃないのかよ?」
と水島が言うと、
「男として、一回は、お屋形様から一本取りたいって気概はないんですか?」
と顔を突きつけあってい言い放つ。
「私は別にっす、お屋形様から一本なんて……」
「俺は良いよ、真壁に勝とうなんて思ってない……」
と言うことなる意見を述べてから、その次が、
「お前こそ!」
「先輩こそ!」
これも言葉は違うが見事なユニゾンで重なる。
そんな様子を器用に、いたのか?ってところから出てきた一心の居合を躱して、
「ちょっと聞いて良い?」
と真壁秋は言ってから、
「水島くんと紺さんって付き合ってるの?」
って尋ねる。普通に聞いてみたって顔している真壁秋だ。意識はしつつも今の所は特に回避していた言葉でもある。
だから、どちらも「違う」とは言い出せないでいる様だ。
流石の真壁秋もその辺の空気は察する様で、でも基本装備は朴念仁なので、明るい笑顔でこうもいう。
「なんか、じゃあ、まだなんだね?」
そう、まだ。である。
こう言うことには、女子の方が早目に気がつく、だから、
「あ、あの、水島先輩!」
と言い出すも、
「ダメだ、紺、こう言うことは男の俺から言いださないと!」
と言う言葉を出した瞬間に、真壁秋はそっと二人の首筋に、自分の刃を走らせる。
「うお!」
「きゃあ!」
そんな言葉が響いて、そして、自身の負けを自覚する二人は、
「後は、二人でやってよ」
と真壁秋に言われてしまう。
水島にしてみれば、負けはしたものの、彼にそっと背中を押された気分でもあった。
「あ、ああ」
と言って、紺に向かい、男らしく口を開く。
「紺、あのな、急な事で悪いけど、俺と……」
その言葉は紺が待っていた言葉であった。もちろんその答えもまた、長らく紺の心の中で開封を待ちわびていたものでもある。
次なる対応の為に、つまり今度は一心と辰野とやり出したので、剣撃の音で彼らの言葉を最後まで聞けない真壁秋は、それでも、二人の様子を見ながら、
「よかったね」
って言葉を口にはださずに、そっと心の中で二人を祝福していた。
「良いなあ、紺ちゃん、良いなあ……」
と恨みがましい目で見つめるのは紺と同じく百家の一人、幸薄い藍であった。