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北海道ダンジョンウォーカーズ(再up版)  作者: 青山 羊里
◆閑話休題章 青鬼見聞録 [隠匿された里の物語]◆
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その63【多月本家(休憩待機場所)にて】

 正直言って、今の光景を見て、多月家として、この集落をまとめるものとして、どう捉えていいか声も出せない菖蒲であった。


 三年に一度の、町内総当生存戦。


 今はまだ午前中の早い時間帯である。


 それなのに、今、屋敷は人でゴッタ返していた。しかも本家には入りきれない人数に、周りいある一心家や五頭家、三爪家(周りの分家は塀を外して開放すると庭がつながる)も解放して受け入れている。


 思わず、


 「これは一体……?」


 この人の集まりかた、つまり負けて戦線を離脱いした町人の人数がこれだけいると言うのはいつもなら夕刻過ぎ、そろそろ日も暮れようとする時間帯である。


 しかし、現在、ほとんどの住人が集まっている。


 驚いたのは、今回の優勝候補の筆頭であった筈の二肩の奥さんが、開始早々の時間帯にも関わらず、


 「いやあ、負けた負けた……」


 と恥ずかしそうにこの家の門を潜って来た事だ。


 この時ばかりは、菖蒲としても、驚きを隠せなかった。


 「一体誰に?」


 と聞いてしまった、こう言う時は、優しく「お疲れ様」と声をかけるのが普通である。しかし、思わずである。負けたばかりの二肩夫人に矢継ぎ早に尋ねてしまう自分の無神経さにも気がつかないでいた。


 「誰って、あんたんとこの婿候補だよ」


 と言うから、うちに泊まっている彼だと思うものの、なかなか現実とそれば結びつかない。


 すると、


 「一発目からあの坊に当たるなんて、運が悪いね」


 と母である褐が、縁側に立って笑っている。


 「強いねえ、知ってるなら教えておくれよ、馬鹿正直に挑んじまったよ」


 「まあ、こんな早くから、ここで酒盛りもいいじゃないか、さあ、上がっておくれ」


 と誘われるがまま、母屋に上がって早々に置くに引っ込んでゆくそんな姿を見たとき、まさか、とは思うが、そんなはずはとも思い、今日は御前試合の為に一日家にいる娘の訪ねてようとすると、


 「奥さん! コップ足りませんよ!」


 と家の中から今日花に声をかけられる、この時間帯なら飲み物は本家で振舞われる。いけない、午後くらいになったら、借りる手筈であったが、いつもならこの時間帯に、ここにいるのは、ほんの数人の筈なのだ。幾ら何でもこの人数が帰ってくるなんて、早すぎる。ペースがおかしい。よって飲み物の配布も間に合っていない。


 ああ、それにお客様を働かせてしまった、と思い至る菖蒲は、そのまま母屋に戻ろうとするも、そこか外に出て来た娘、蒼に、「私が、もう不足分は届くはずです、と伝えました」と言った。


 「ありがとう」


 と言うにとどまる。


 それからも勢いは止まらす、ついにほとんどの町の人間はここに集まると言った形になっていた。


 そして、先ほど、「けが人もいなさそうなので」、と言う事で五頭家の長男坊、体格にも運動神経にも恵まれ、蒼の片腕として有望視される熾丸が、「私も、お屋形様、真壁秋殿に挑んで来てもいいですか?」との許可を得て、出て行ったのに瞬く間に戻って来て、

「負けました、代わりに四胴の娘を行かせます」と菖蒲に告げて、怪我人の為の待機する熾丸と入れ違いで四胴空が出て行く。


  そんな、熾丸に、


 「あなたも負けたの? こんなに早く?」


 と聞いてみると、


 「手も足も出ませんでした」


 とどこか嬉しそうに語っていた。負けた悔しさなんて微塵も感じさせない爽やかな顔である。


 全く想像がつかない。体格差なら2倍近いこの熾丸に、うちの旦那すら叶わない、一時はこの町最弱の男の交代かとまで囁かれていた、あの婿候補が、秋さんが、今、この町の戦力を壊滅に導いている。


 いや、何か不正でもと思ってしまう菖蒲であるが、側にいる娘は、特に何も感じてはいない様子で、だから、


 「ねえ、蒼、どう言う事なのかしら?」


 と尋ねてしまう。


 「見ての通りです、これがお屋形様なのです」


 と、本当に、心の底から嬉しそうに言う娘に、この子、こんなに無邪気に喜べるのね、と母の心境で思うも、それにしても異常な光景だった。


 そして異常なことと言えばもう一つある。


 何より、ここに負けて集う者たちに、1ミリも傷がないのだ。


 毎回、とまではいかないが、それなりの怪我人は出る、戦うお祭りである、加減をルールにしてあるとは言え、いくら扱い慣れているとは言え、刃物を使って戦っている。かつては重傷者も出たこともある。


 それが、今回はどうだ、あれだけ勝った負けたで、トラブルになり、互いに啀み合う時もあるというのに、皆、簡単にとも言えほど、負けに納得して帰って来る。傷一つ無い姿も不気味なら、疲労の影も負けたと言う陰りも無いのも大きな違和感だった。


 概ね、一対一の戦いで、数を減らして行く戦いでもあるが、たった一人で全員を相手にして、この速度で敗者を生産して行くというのも納得できない菖蒲である。


 一瞬、いつもの、自分の知る、あの真壁秋という少年を思い出して見ても、どうにも『強者』の二文字が当てはまらない。


 それと同時に、あの今日花の息子である事を思うと、どこをどう辿っても、弱い筈がないという気持ちもある。


 でも、あの覇気の無さと迫力皆無の容貌で、これだけの事をやっているというのがまるで合致せず、また信じられなかった。


 でも現実としてお祭り、大会史上初の、まさかの午前中に決着。


 「母様、これで御前試合はお屋形様とお相手でいいのですね?」


 って尋ねて来るから、「ええ」と生返事するものの、変な動悸に自身がおかしな興奮をしていることに気がつく菖蒲である。


 そして、このお祭りの御前試合にて、この後、誰もが語り継がれる伝説が誕生することになる事に誰も気がつかないでいる。


 菖蒲の横では、いよいよお屋形様に全力で挑めると、あり得ないほどの幸運に巡り会えた蒼は、それが現実のものとして、手に届く場所まで迫っているとう事実に興奮を隠せないでいる。


 そして、菖蒲も今までかつてない、この事態に原因も特定できずに年甲斐もなくドキドキしている自身の体調の変化にただ戸惑うばかりであった。


 ただ、


 「お昼のいなり寿司、間に合うかしら?」


 と現実に迫り来る不足というか不安を隠しきれないでいた。

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