その58【開祭】
戦いの火蓋は切って落とされた。
そのスタートは日の出とともに、参加者は町に散った。共闘を目的とするもの以外は、相手から隠れる事、互いに姿を見ないところから、互いの視線から外れたところでこのバトルロワイヤルは開始される。
互いに誰も見えなくなったら、そのまま静かにする。声も出さない。
この沈黙と静寂が5分続くと、町の半鐘が3回、叩かれ、それほど大きくも無い音が響いたら、試合開始である。ここから、出会う相手は全員倒す戦いの幕開けである。
簡単なルールは、お客さんであるダンジョンウォーカーの、北海道勢にも説明された。
相手の刃が体のどこかに触れたら負け。そして触れる以上の攻撃はしない。つまり、刃が当たるその瞬間までが勝負になる。そして、負けを認めたら負け、怪我しても負け、逃げても負け、同時に刃が触れた場合は、その差が出るまで、やり合う。等、とてもわかりやすく単純で安全なルールである。
この様な勝敗の決め方は概ね戦う本人同士に任せてある。だから意外なほど、勝敗に荒れる事もないし、負けた方は多月本家での酒盛りが待っている。振舞われる料理もいい感じなものが出るので、それなりに楽しみでもあった。
まあ、このノリを簡単に説明するなら、本当にお祭りなのだ。だから、皆それほど勝敗に拘りはないと言う事実もあった。
もっとも、この町の人間は戦えて当たり前と言う風潮があるので、出会えば真面目に勝負となる。
すでに、町のあちこちで、叫声と、刀のぶつかり会う音が響きはじめ、それはやがて町全体に及んでくる。そして完全に戦いの音に支配されるのである。
この町の中、全体が試合場になるのだ。だから、監視員は死角なく配置されなければならない。
水目柚葉もまたその貴重な安全係員として配置されている。
概ね、水目の様な立場、つまり、あくまでこの町の中では普通と言っていい人間は、戦闘員としてではなく、実行委員の一人として配置されることが多い。ご祝儀と呼ばれるお小遣いももらえるので頑張っている。
不測の事態に備えるための人員である。ここ最近では大きな怪我をする人間はいなくなったが、かつては命の危機にもなった諍いとかも起こった事もある。
何より古く歴史のある町だけに過去からの遺恨もある場合もある。
最近ではそんなものもすっかり身を潜めたが、今後もないとは限らないので、用心に用心を重ねている訳だ。
刃物を持って戦うのだから無理もない。小さなルールではあるが、遺恨の関係にある者と認められるもの同士の戦いは禁じられているが、それもまたサジ加減でもある。
それに、今回は、三年に一度の事で、特にいつもの事だと、そう言う訳にもいかないのだ。
なぜなら、北海道からやって来たダンジョンウォーカーがいる。
町の人間以外の外からやって来た、しかもここに来た者たちは、若いと言うか幼いとは言え実戦経験のある猛者揃いだと聞く。
とうぜん、この町の女達のテンションも上がって来る。
特に、辰野、水島は大人気で、さっきからひっきりなしに戦っている。
そんな姿を見つつ、今回もみんないい試合してるなあ、水目柚葉はこの立場こそ、特等席ではないだろうか、と喜びを隠せないでいる。
きっと今日もかつての多月蒼と二肩千草の戦いの様なベストバウトが観れるかも知れないと期待していた。
そんな彼女の目から見て、水島も、辰野もかなり強く見えた。
彼らは割と水目柚葉と近いところで戦っている。次々と町の人間を退けている。
流石に、北海道ダンジョンで、モンスター相手に連日戦っているだけのことはあると思った。
しかも、辰野の剣がその振り抜く軌道のを炎が走る姿を見て、驚きを隠すことなく感動していた。
割と近いところで戦っている二人は、互いに見える距離で、
「どうする? 水島くん、やるかい?」
と辰野に尋ねられ、
「いや、いいっすわ、どうせあいつが到達するまで、せいぜいポイント稼がせてもらいますよ」
と言うと、
「賢明だね」
と離れる二人だった。
その言葉を聞きながら、「あいつって誰だろう?」と疑問を抱くも、その前を通り過ぎる、この町では珍しいプレートメーイルを着た、真っ白い大剣を持った少女に目を奪われてしまう。
綺麗。
もうそんな一言しか出てこなかった。そんな彼女は、ぼけっと自分を見つめる柚葉を見て、
「君は監視員の人か?」
って聞いてくるからびっくりして、
「はい!」
って答えると、
まるで白雪姫が騎士になった様な美しい少女は、
「真壁秋と言う少年を見なかったかな?」
と言われるので、
「いえ、どんな人なんですか?」
と逆に尋ねてしまうと、
「君と同じくらいの背の男の子なんだが、この総当たり戦の中にあって、ノホホンと言う雰囲気を出しているからすぐにわかると思うが……」
と具体的なんがかそうじゃないんだかわからない特徴を言った。
しかし、そんな人見てないし、男の子ならさっきいたダンジョンウォーカーの人くらいだから、
「いいえ、見てはいません」
と答えると、
「そうか、ありがとう」
と、きっとその人物を探しているのであろう、キョロキョロと周りを見ながら行ってしまう。
きっとその人に強いこだわりがあるのだな、って思った。あ、そういえば、この祭りにおいて私怨での戦いはダメって、一応は言って置こうかなって思っているうちにいなくなってた。
そして、今度は、屋根伝いに、百家の女の子たちが飛んで来る。すごいなあ、って思って見てた。
そして、その屋根の方から、いきなり柚葉の前に着地して、
「お屋形様を知りませんか?」
って言われる。
さっきと同じだなあ、って思って、そもそもお屋形様って誰? って思うも、それらしい人もみていないから、それでも正直に答えて、
「知らないです」
と言うと、
「藍、蒼様の為にもお屋形様を優勝に導くっす」
「でも紺ちゃん、お屋形様の所在が不明だよ」
「探すぞ」
と言って、また屋根の上に跳躍して行くは百家の二人だった。
そんな姿を見つつ、柚葉は思う。
本当に以前のバトルロワイヤルとは全然違う。
いろんな思惑と、目的が複雑に絡んで、ちょっと勝敗の決着は難しいかも知れない、と
柚葉は思う。
それでも、その複雑に絡んだ糸を断殺するくらいの人、この町にあっても、戦闘集落という戦いに特化した集団の中ですら『規格外』な存在でもいないと、最後の10人には絞るの難しいと、考える。戦闘に関してはなかなかの審美眼を光らせる柚葉であった。