その56【お祭り前 婦人会】
夕食後、今日に限って夫人会が開催された。
菖蒲としては、本当なら、今日花さんと一緒にお茶でもゆっくりしていたかったのであるが、流石に招集をかけた人間がそんな理由で欠席するわけにもいかないので、こうして集まりの中にいる。
今日は、北海道勢が来てからの初めての婦人会、つまり中間報告の様なものであった。
何より、菖蒲の気持ちを安堵さっせたのは、皆の表情が明るいと言うところだろう。
特に、一心家の家長、百目家の家長は明るく、何やら互いに話し合っていた。
一桁台の家と、百家では、互いに仲が悪いとか言われているが、実際、この様に互いに並んで話をする姿など見たことは無い。
北海道ダンジョンという、共通の場所での話題も多いのだろうと、特に深くも考えずに、そんな事を考える菖蒲だ。
比べて、三爪の家の家長の表情は暗い。
あの後、父暗黒化の後に、自身の娘から、彼を連れてきたのは親を安心させるための偽装であり、事実無根であると言う内容を娘から告白されて、そんな事で旦那は暗黒面に落ちてしまったのかと、救われているのはあの状態でありながら、一撃で倒してもらった事。
いまだにハッキリとした意識は無いものの、それは暗黒化した父が限界を超えたところまで身体能力を引き出してしまい、その後遺症みたいなものが筋肉と神経組織に残っている為であり、激しい筋肉痛による発熱の為に、今も意識は朦朧としているらしく、自分を追い込んだ一人である白馬青年の手を取って、「娘を頼む」と譫言を言っているらしい。
「本当に、情けない」
と三爪の家長は言うものの、その言葉があまりに全ての方向に向かって霧散する勢いの為に、誰もその後の言葉を継げないでいる。
それでも、あの一撃、今日花の放った攻撃は、的確にして、対象に対する力加減も絶妙で、あれ以上、たとえ1ミリ、そいて力にして1グラムでも前後しようものなら、もっと違う結果になっていたと、彼を治療した人間は言っていたらしい。
「で、菖蒲様、武神様は、もうおやすみかしら?」
とか言い出す始末である。
もちろん武神とは今日花のことである。
この町は、言うなれば、戦闘集落である。大人から子供まで、皆、いっぱいしの戦士であり、きっと、成長過程にある小学生ですら、今すぐ北海道ダンジョンに行ってもかなり高レベルで通用するだろう。
だから、あの時、今日花が三爪父を屠った瞬間のあの動き、あの攻撃を見て、誰もがその存在に神を見たらしい。町の中で切磋琢磨している様な、そんなレベルでは無い事を誰もが悟ってしまったのである。
以後、だらからともなく武神様と呼ばれる様になった。
だからそんな今日花にお近づきになりたい人も後を立たなくて、
「そうですね、私もきちんとお礼を言っておかないと」
と、一桁台の分家の中でも堅物とか、多紫町の風紀委員とまで言われた三爪も言う。
「この件については、町を代表して私がお礼をしておきました、お気にならさずにいてください」
ピシャリと菖蒲は言う。
本当に、何を皆さん舞い上がっているのかしら、今日花様はうちのお客様なのですよ、といいかけて、黙る。
そして自身の狭まった心を誰にも見せまいと、そっと閉じる菖蒲でもある。
コホン、と一つ咳払いをして、
「皆さん、今日、お集まりいただいたのはそんな事ではありません」
集まっていた全員は、皆菖蒲に注目する。
「多紫祭りの前倒しと、今回、初代微水様の『名無し鴉』の奉納試合のことです」
多紫祭りとは、その名の通り、年一回開催される町あげての祭りのことである。
どうせなら、少し予定を前倒しにして、北海道から来ているみんさんのいる間に、祭りを開催してはどうだろう?と言う意見は前々から出ていた。
この町自体は目立ってはいけないので花火等は出ないが、小規模ながら屋台も出る。中でも多紫焼きと呼ばれる、関東圏では『今川焼き』とで知られるこのお祭りの時だけ食べられる餡子もたっぷりな焼き菓子も出る。子供には大人気だ。ちなみに北海道では『おやき』と呼ばれ、デパ地下とか、大型スーパーのフードコーナーでもお馴染みのおやつである。
そして何より、この町を盛り上がれるのは、3年に一回、開かれる武闘大会。それは祭りの夜に合わせて行われる。
参加は自由。ただし、それなりの実力者が出るのが暗黙のルールで、ちなみに前回の優勝者は、二肩の家の娘だった。ちなみにこの時の年齢は小学生で、奇しくも2位に甘んじとあのは、蒼であった。
予選はその日の午前中から夜までの間の総当たり戦、この町の中を使ってのバトルロワイヤルとして行われる。参加する意思のあるものは武器を所持することになる。つまり武器を所持するものは倒していいと言う事でもあった。
ちなみに五頭家と四胴家は、ヒーラーとして参加する為に戦いには参加しない。
「今年は、北海道からの皆さんも参加してもらいましょうよ」
ナイスアイディアだった、早速、大会ルール等を説明しようと言うことになった。もちろん、それは世話をしているその各家に任せるとして、問題は……。
「武神様も参加させるんですか?」
と訪ねてくるのは百目の家の家長だった。
いや、それではもう、最初から優勝者が決まっちゃるから。
そう誰もが思った。
だから、
「今日花様には特別審査員長と言うことで」
と、菖蒲が言う。
そこに拍手喝采が起こった。
いい落とし所だと誰もが思ったのだ。
「では優勝者が、『奉納試合』で蒼様と?」
と一心家が言うと、
「そう言う流れになるでしょうね」
つまりこの時点での蒼の
この時点では、多分、一心の娘か、百家もまた実力者揃いだ。それとも、このなれない町中の遊撃戦に置いて以外な活躍を期待させる北海道ダンジョンウォーカーの皆さんかとなかなか予想はつかない。
誰の胸にも今年の祭りはきっと特別なものになると言う予感はあった。
もっとも、確かに特別なものにはなるではあるが、この時点でのその予想は誰もできないので、まさかこんな結果になるなんて、とは思いもしなかった。
祭りへのテンションにざわつく室内に、菖蒲は手を叩いて大きな音を出す。
「さあ、皆さん、準備を、祭りの準備を開始しますよ」
こうして多紫の町は祭りに向かって動き出す。
北海道ダンジョンウォーカー達を加えた、いつもと同じでいつもと異なる祭りに、皆胸を高鳴らせていたのだった。