その54【多月家で過ごす日々そして日常】
薫子が多月の屋敷に帰った時には既に夕食の時刻を過ぎていた。
このところ、薫子の食事については、別に出してもらえる様になっていた。この辺はコンビニ店長、つまり19代微水が連絡を入れていた様で、すっかり家の人間には伝わっていた。
申し訳無いなあ、と思う薫子ではるが、もともと19代目はあまり真面目に刀匠としての仕事をしようとしないので、これはいい機会だったみたいで、つまりケースバイケースと言うことで、むしろ、町の長の立場としては助かっているみたいな言い方をされた。
その菖蒲が、
「あら、薫子さん、完成した様ですね」
と玄関に入るなりに声を掛けて来たので、
「はい、今、お譲りいただきました」
「では、早速、一見させてくださいな」
と言って、居間に案内された。
同時に食事も用意されていて、ご飯を食べ始める薫子の前で、ゆっくりと刀袋、鞘から刀剣を抜き出して、
「まあ!」
とこの町の人間でも驚く様な剣をいただいたのだな、と改めて、今回の出来事に関して恐縮する薫子でもあった。それに、きっと時間はないけど、機会があったらまた、コンビニでバイトしたいなあ、とも思う。何か、初めて働いてみて、自分にも出来る事があることを発見した喜びもある。
「良い剣ね、よかったわね薫子さん」
と言われて、
「はい」
と素直に返す薫子である。いつも、こうして遅く帰って来る薫子に対して、食事が終わるまで介助してくれる菖蒲である。
一人で食べるからと、食べたら自分で片付けるからと、いつも言っているのに何もさせてくれない。いつも食べている時にはニコニコ笑って話しかけて来る。
話すことも、他愛のない、今食べている料理の説明とか、コンビニでの毎日のこととかである。菖蒲曰く、薫子は評判が良いそうだ。もちろん聞いている本人としては社交辞令程度に聞いておくことにしてはいるが、でも、そんな話をされると嬉しいと思ってしまう、自分も単純な人間だと、そう思う。
「おかわりは?」
茶碗の中身がすっかり空になっているのに気がついて、
「あ、はい、お願いします」
と茶碗を差し出す。
その茶碗にご飯が盛られるわずかな時間、薫子は気がついた。
剣がぶつかり合う音がする。
一瞬のことだったが、誰が近くで戦ってる?
と、そう思って、外に続く障子戸の方を見る。
「遅いから、静かにやりなさいって言っておいたのにね」
そういって、そっと戸を開くと、
庭で戦う、多月蒼と葉山静流の姿が見えた。
庭もかなり広いので、姿を確認できるくらいの遠くの方だ。
その姿を見て、薫子は、ああ、そうか、多月蒼の剣の方もできていたのかと、そう思った。
そして、戸が開いて、中の人物が薫子であることに気がついた葉山静流は、
「蒼ちゃん、ちょっと待って、薫子帰って来た」
とそのまま近づいて来て、大きな外廊下、縁側を挟んで、
「おかえり、薫子」
「ただいま」
と挨拶を交わす、その後ろには、蒼もついて来ている。
「もう、遅いんだから、あんまり大きな声を出してはダメよ、静かに戦いなさいな」
と菖蒲の言葉に、
「すいません、つい熱くなっちゃって」
と言う葉山である。
菖蒲の言い方、静かに戦えって、言葉がどうにも滑稽に思える薫子ではあるが、先ほどの『戦闘集落』と言う言葉を思い出して、やや納得してしまう。
「剣の動きを見たいからお互い2分程度の力で競い合わせていたのよ」
そして、菖蒲の持っている剣を見て、
「なんて綺麗な剣なのかしら!」
と思わず叫んでしまう静流である。言ってから、口を手で覆って菖蒲を見るが、そこは苦笑いしているので、怒られなくてよかったとも思っている様であった。
そして、初めて蒼の今回、初代微水様より受け賜った剣を初めて見た薫子は、
「すごいですね」
と、ニノ語が告げないでいる。剣というより手甲に刃がついている感じだ。
どう見ても扱いが難しそうであるが、易々と使いこなしていた蒼を見ると、やはり流石だな、と薫子は思う。
そんな時に、
「薫子さんも、手合わせさせてもらったらどう?」
と菖蒲に言われる。
いや、この二人相手に、それはないだろ、と普段なら言うだろうが、今日はちょっとおかしい感情がある。
この剣を早く使ってみたい。そんな感情が隆起していた。
自分でも驚く、そして、ありえないとも思える。いや、きっとこれは剣がそうさせているんだと、そう思うことにした。
だから、
「頼めるだろうか?」
その意に従った。委ねてみた。色々と考える時ではない。今は、この白い大剣によって自分が今、何を得ているのか、それが知りたかった。
その意思が伝わっているのかいないのか、静流の方も、
「喜んで」
と言って、薫子を誘う。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
とそのまま外に出る薫子。入れ替わりで、蒼が入って来て、縁側に親子仲良く並んでいる。「お疲れ様」と言う菖蒲に、「うん」とだけ言う蒼は、この無愛想ぶりは実家でも同じなんだなと、静流も薫子も思った。何よりこうして並んでいるとやっぱり母娘で、顔もよく似ている。
そんな観察を終えて、ともかく適当な場所まで二人は歩く。
庭の中央に立って、どちらからともなく距離を取る。
静流はいつもの、真壁秋と同じく、双剣型のマテリアルブレード。
対して薫子は白護輝鴟梟初ノ太刀。出来たばかりの薫子の専用剣。夜の闇に沈む町に白い光を静かに放っている。
「なんか雰囲気あるね、薫子もすごい強そうに見えるよ」
と静流の言葉に、
「よしてくれ」
と薫子は言った。
「じゃあ、始めようか」
と言う静流に、
「ああ」
静かな多紫町の夜に、一つ金属の尖った音が鳴り、その後は土砂降りの雨の様に続いた。
その子供達を見る菖蒲は、本当に良い子達だと、そう思った。
そして、
「即死はダメよ」
と言い忘れていた声をかけるのであった。