その51【泣て、泣いて、泣いた青鬼】
そこには、光でできた揺らめく人の像が、揺れていた。
いや、正確には人の様な影と言うか光の結像と言った感じで、強いて言うならホログラムだ。
その形はかろうじて人、そして多分、年配の女性であるのが着物を着ているから判別できる程度だった。
そして、その前で、大泣きする青い鬼。
大きな声を出して、その図体で、オイオイと泣いている。
今日花は手にした2代目微水の剣、『朧鴉』を晴れ渡る空へと掲げて、そんな微水の姿を見て微笑んでいる。
「会えたかしら?」
と今日花は言うが、一応の返事をする初代微水の嗚咽が酷くて、何を言っているかわからない。
そして、他の人間にしてみれば一体何が起こっているのか見当もつかない。
「あの、今日花様?」
おそるおそる菖蒲が尋ねる。
すると、なにを聞きたいか、この現状は一体なんなのか、その辺を察して、今日花は答える。
「これ、映写器なんですよ、幻灯機みたいなものですかね?」
そう答える今日花に、
「はぁ……」
と言う声しな出せない菖蒲である。
「この細かい一つ一つの刃に彫り込まれている像、微妙に角度が違うんですよ、だからこうして、強い太陽の光を当てて、この細かい刃の角度を調整してあげれば、こんな風に、ここに掘りまれた像が立体的に映写される仕組みになってるんです」
説明する今日花と、泣いている微水と、そしてその光の像を交互に見ながら、
「つまり! 微水様は死ななくても良いと言う事ですか?」
と自分の抱く心配と言うか疑念だけは晴らしておきたい菖蒲である。
「どうなの? まだ死にたい?」
と今日花は微水に声をかけて見た。
すると、その微水、大きな青鬼は涙と鼻水とそれ以外の液体で顔をぐちゃぐちゃにしながら、首を大きく横に振った。
その微水を見て、
「だ、そうですよ」
と菖蒲に言った。
ホッと胸をなで下ろす菖蒲であった。もちろん工房の女たちもホッとしている。
少し落ち着いた青鬼に今日花は尋ねる。
「ねえ、その人、何してる様に見える?」
青鬼微水は大きく息を吸って、未だ嗚咽の残る自身の呼吸を安定させる。
そして、
「手を上げてニコニコしてる、な」
と答えた。
すると、今日花は、
「でね、こうすると……」
と言って、手に持った朧鴉をゆっくりと小さく小刻みに振る。
「あ!」
と微水は驚く。
その光の像が手を振っているのだ。
「あはは、よくできてるわね」
と思わず笑ってしまう今日花である。
「かーちゃん、碧で遊ぶなよ」
ご立腹な微水である。でも、未だ泣き顔なので全く鬼としての迫力は無い。
「遊んで無いわ、でも、こう造られてるのよ、この剣自体が、これしかできないの」
その今日花の一言に、
「なんだよ! バイバイってかよ! またお別れかよ!」
と明らかに八つ当たり。それは微水もよくわかっている。
「ちゃんとバイバイできてないじゃ無い」
と今日花に言われてハッとする青鬼であった。
続けて、今日花は言う。
「これ見て大泣きする様なら、二代目さんも心配ねえ」
と言う。
その言葉に、微水は涙を乱暴に拭き取って、
「なんであいつが俺を心配するんだよ? 俺があいつを育てて、剣を作れる様にしてやったんだ!」
青い鬼は、鬼らしく吠えた。そうだ、もう何百年も生きてる。そんな強くて長生きで、みんなを守ってきた鬼の何を心配すると言うのだろう?
心から吹き荒れる疑問に憤りにも近い焦りにも似た激しい感情。
吐くだけ吐いて、そしてそれから続く言葉が無い事にも気がついた、だからそこに言葉を置かれる。今日花が言う言葉が鬼の心にそっと差し込まれて来る。
「一人になっちゃうから、寂しがりやの大きな娘に笑って欲しくてこれを造ったのよ」
そして、今日花は言った。
「だから、二代目さんも笑ってるでしょ?」
微水は思う、なんだよ娘って、誰が娘だよ、フザケンナよ、俺が一体どれだけ生きてると思ってやがる。
少し油断すると、嗚咽してしまいそうな声で、
「なあ、かーちゃん、一体、俺、何年生きていると思ってんだ?、娘とか言うなよな」
と悪態を付く微水である。
そんな微水に向かって、今日花は、
「何年たっても、どんなにデカくても子供は子供でしょ? 強いも関係ないし」
と真っ向から微水の言葉を否定してしまう。
「いい加減にしろ……」
と言いかける微水は、大きな声を出すのではあるが、その声は今日花の一言によって消失する。
「ほら、おいで」
剣を持ったまま、大きく手を広げる小さな今日花の体。ほぼ微水の顔と同じくらいと言ってもいい。
「バカ言ってんな」
怒る微水に、
「ん?」
その顔は、ほらおいでよ、と言っている今日花。
「ガキが使いすんな』
「ん?」
「だいたい、俺は二代目にしか甘えた事ないからな」
「ん?」
「いい加減にしろよな」
「ん?」
すぐ目の前にある今日花の体。
二代目と同じかなあ、試してみようかなあ、と言った誘惑にかられていた。いや本当試すだけだし、すぎ離れればいいや、そう微水は思った。
「じゃ、じゃあ……」
微水はそう言って、今日花の体をその大きな手で抱いて、顔を胸に、いや体全体に押し当てた。
ほら、やっぱ違う。二代目は碧はこんなにいい匂いしなかった、もっと汗臭かった。
覚えてるから、忘れないから、あいつの温もりとか、声とか、優しい手とかさ、なんだ全然違う、このかーちゃんとは全く違う。
そう思うものの、でも抱く手と埋める顔は、今日花の体を放さなかった。
気がつくと、微水の頭を優しく撫ぜる今日花の手に、
「なんか、もういいや」
と呟く微水である。
「本当、俺、碧とお別れできてなかったんだな……」
呟く微水に、
「いいじゃない、それで、できないなら無理にすることないわよ、ずっと一緒にいればいいのよ」
その言葉が、なんか適当な事言ってる様な、的を得てる様な、そして、そんなこともどうでもいいなあ、と思う微水は、ただ今日花に身を任せて、いつの間にか今日花によって自分の頭を抱かれている心地よさに、
「うん」
とだけ答えて、虚ろで、朧なその影が、さっきよりももっと自分を笑っている様な、そんな気がして、嬉しさと、恥ずかしさと、どうにももどかしい切なさで、確かにこれは死ぬる、と感じる、青き鬼、初代微水であった。