その47【コンビニと薫子とカップル】
なんとか今日も一日が終わった。
昼過ぎに現れた台風の様な真壁家に、初代微水と言う鬼。
何やら薫子の知らない間に、いろいろと話がまとまっている感じで、少なくとも、薫子にしてみれば、日頃お世話になっている真壁家の手助けにでもなればとついて来てはいたものの、来てみると連日、コンビニのバイト、しかもこの町唯一のコンビニは夕方6時には店じまいをしてしまうので、実質、薫子の働いている時間帯は、朝の8時から、長くても6時くらいまで、大体は店長が5時前には店に来るのでその前には解放されるが、それでも、棚の中に商品を並べるくらいは手伝っている薫子である。
ともかく、店番よろしくと言われているだけで、お客さんの対応、どこからともなくやって来る軽トラックからの商品の補充、お昼は、謎の老婆(近所の方らしい)がやって来て、なぜかその方からお弁当をいただき、きっかり一時間、昼休みを取る、その間、そその謎の老婆が、店番をしてくる。お弁当はいつも手作りで、いつも美味しくいただいている。
初めての店員という仕事については、全く何も困る事が無い。
店長は相変わらず日中帯はいないのであるが、全く勝手のわからない薫子がドギマギしてる間に、お客さんが教えてくれるのである。
商品の場所や在庫の場所、コーヒーメーカーの豆と水の足し方やら、掃除の仕方まで教えてくれる。もう、お礼の為に頭を下げ続ける薫子である。
だから何一つ困ったこともなく、店員ができている。正直、なれて来ている感覚はあった。だから今は普通に「いらっしゃいませ」もできている。
何より、この町の人間が大多数のお客さんだ。皆初対面なので、変に気負うこともなかった。
何より、多月蒼の家に招かれた薫子ではあるが、その立場というのが、真壁秋の数いる『妻の一人』というか認識がなされているので、あのままあの家にいても、一体何がどうなっていたかと、身に覚えのない質問をされたり、変に勘ぐられたり、それを一々否定したり。本当にめんど臭いと思っていたので、この店員としての立場は渡りに舟な感じの薫子でもあった。
知らない場所でやってみたことのない事をするのも、若干ではるが、それなりに楽しさが出て来てもいる。
そして今も町の人相手に店員をやっていると、
「あれ?」
と、間抜けな声を出す、よく知っているう顔が二つ入ってきた。
百目と水島だった。特に水島は、薫子の顔をマジマジと見て、
「姫さんそっくりだな」
って言う水島に対して、百目の方は、
「賢王さんですよ、姫様であってますよ」
と言われて、改めて、
「え? 何やってるの?」
って真顔で水島に聞かれるも、百目が、
「19代目に気に入られたんですね、あの人、気が向かないと剣を造らないから、代わりに店員させられているっすよね?」
と言われる。
うん、まあ、そうなんだが、と言いた薫子であるが、その店長、つまり19代目微水に何を気に入られたのか皆目見当がつかないでいるので、普通にからかわれているのだろうと、そこは軽く考えることにしている。
そんな薫子は、
「私に店を任せるなんてな」
と自虐とも取れる様な事を言い出すが、
「この店、この町の生命線な感じですから、大切なんですよ、姫様」
と百目に言われるが、それでもみんな菓子だの清涼飲料水だの、コーラだの、取り分け特別な物を買って行くわけでもない。だから、
「そうなのか?」
と尋ねてしまう。そんな大げさな、と思ってしまったのだ。
「この町で、唯一、外の商品に触れる機会なんですよ、姫様、ここで、子供達は外の世界に繋がるし、大人はかつてを懐かしむんです、だから絶対に店は閉めたくないんですよ、あの19代目微水様は」
と百目は言った。
「私も、北海道に行って、初めてここがどれだけ閉じていた世界なのか知ったんです、だから、今の生活が楽しくて、でもここ優しい故郷ですけど、でも閉じていて、だから、悲しくはないけど、ちょっと寂しいんですよ」
と、いつもどこか幼い子供の様な百目にしては、大人びた事を言う。
「いずれ帰って、この町の一部になる、中には、外の世界に残る人もいますけど、大抵は町の為に、この町の人間はみんなそうして来ました」
と薫子と水島に言う。
「だからせめて、一番好きな人を見つけて、その人と生涯を添い遂げる事で幸せになるんです」
しっとりと、どこか重く、そして心に響く。
「でも、それじゃ、その人まで、ここに閉じ込めてしまうっすから、ちょっと複雑なんですよね、付き合わせてるみたいで、切ないって言うか寂しい思いさせてるって気がして」
と、笑顔で言う。
明るく笑って、いつもの百目紺の顔で、一度も見たことのない寂しさを彩る表情は、そうに感じるのは決して気のせいではないと思った。この町を知って、普段の百目を知るからこそ余計にそう思った。
「別にいいんじゃねえの?」
いきなりぶっきら棒に言うのは、いつもの水島だ。
軽口で文句を言うみたいに言う。
「いや、先輩、結構キツイっすよ」
自身を嘲るよに笑う百目は、自分の分と水島の分の飲み物をレジの上に置く。
お金は水島が払った。
そして、ハッキリと百目に向かって、正々堂々男らしく、どこか恥ずかしそうに、
「男がさ、それで良いって言うならそれで良いんだよ」
そして、水島は言った。
「お前の父ちゃん、そんな風には見えなかった、寂しいなんて思ってないぞ、きっと」
と言い切った。
横にいた紺は、その言葉にただただ驚いて水島を見つめている。
そして、それを目の前で見ていた薫子は、「水島って、こんな奴だったか?」と口には出さなかったが、驚いてはいたが、それでも、同じギルドの人間が、理不尽に寂しい思いや悲しい気持ちにならなくてよかったとは思っていた。
何がどうなって行くのか、答えはまだ出てはいないが、二人ならきっと幸せになれるだろうと、そう思った。
全く関係の無い話ではあるが、こうして、このコンビニの店員になれて、よかったと思う薫子であった。
そして、同時にこうして逃げ場のない店員という立場としてレジの前で見つ目合うのはやめてくれと、そうも思う薫子でもあった。