その42【母、町を行く】
多紫町のメインの通りをコンビニに向かって二人の母が歩いていた。
一人は、出てきた家の主人である多月菖蒲。
一応、お客様を守る為に、愛刀の『伎燕』を持って来ている。そしてもう一人は、この町に親子で招かれた真壁秋の母である今日花である。
この町は安全で、皆は優しくそして心は広いのではあるが、特に武闘、つまり剣の上の強さに置いては皆、文字通り鬼になる。
まして、先日、菜箸で暗黒父を屠った今日花の事は皆知ってる。
だから挑む者も現れるだろう、だからこそ今日花を一人歩かせる訳にもいかないと菖蒲は考えていたのだ。
葉山静流から、コンビニに薫子がいると言う話が入って、今日花はそのコンビニに向かって歩いていた。
なんでも、剣をこの町の刀匠に剣を造っていただく事になったらしくて、その代償としてコンビニで店員をしているらしい。
そして、今日花は薫子の里親の、いや母親として預かっているので、ひとまずは挨拶とお礼をと思い、屋敷を出たのである。
そして、その後ろには蒼の母親である菖蒲がいると言う訳である。
一応は、今日花はコンビニがどこにあるのか知らないので、表向き案内しますと付いて来ている。
もっとも、そのコンビニというのも、多月の屋敷を出て真っ直ぐにこの大通りを進むだけなので、「玄関出たら右に進むと看板が見えます」というか見えてるので道に迷う方がどうかしているとは思う、何より案内しますとは言ったものの、その菖蒲が今日花の後ろを追いかけていると言う具合である。
そして、二人の通って来た道には、わずか数十メートルだというのに、死屍累々とまではいかないが、体よりも気持ちを折られた多紫の女達がいた。
彼女達は、例外無く、今日花に挑んだもの達だ。
例の、三爪家の暗黒お父さん、一撃事件のお陰ですっかり今日花は有名人になってしまっていた。
あの位置から、落ちて来る一撃を、片手で屠ったのは誰もが衝撃的な光景だった。
しかも、あの体重に速度の攻撃を払いのけてなお、今日花の小さな体は1ミリもその位置から動かなかったのである。
この一瞬で、北海道から来た多月の家の婿の母の強さはこの町に広がる。
息子の方には多月家から直接手を出すなのお達しが出ているが、母の方は出ていない。
その強さを目の当たりにして尚、挑む者は後を絶たなかった。
レベルとか、規格が異なるのはわかる。多分、絶対にかなわない、でも、それでも挑まぬわけにはいかない。そこは皆、多紫の女なのである。
最初の一人目は、『合わせ』を行おうとしたが、今日花は無手である。
しかし、
「どうぞ」
と相手の攻撃を促す。
「貸しますよ」
と言う菖蒲の申し出を断って、
「私の場合、相手がいるだけで十分なんですよ」
この言葉は、つまりは剣の無いと凡人以下の息子と違って、今日花本人はその括りがなく、無手でも十分であると言う事なのだと菖蒲が知るのはだいぶ後になってからの話である。
でも、現状、恥ずかしそうに言う今日花は可愛いなと、歳もそう変わらないはずなのに、と思う菖蒲でもある。
そして挑んで来る相手に向かって、
「試したいのでしょ? どうぞ、見合っていても始まりませんよ、存分にどうぞ」
今日花に挑んだ者は、それを挑発の様に受け止めて斬り掛かって行く。
相手の行動は全力だと菖蒲は見て取れた。
そして一閃の行動の途中、次の瞬間、振り下ろされる剣刃を摘まれて、1ミリも動けない挑戦者の姿と、生身の刃をこともなくつまむ今日花がいた。
まるで、刃を、刃先を摘むことで、その剣を持つ相手すら支配している、菖蒲にはそんな形に見えた。
己の振るう刃を掴まれた方は、そのままの形のまま、体だけがゆっくりと崩れて行く。
膝を付いて、そのままうなだれる。