その36【デイリーなコンビニと薫子】
この町の中の唯一のコンビニのレジの中で、薫子は悩んでいた。
どうしてこんな事になってしまったのか?
しかも、こんな姿をよりにもよって、真壁秋に見られてしまうとは……
物事の成り行きと、今の現状になぜ、どうしてこうなってしまったのかを薫子は考えていた。
時は昨日、薫子は、一人でブラブラと町の様子を見ていた。
寝坊してしまった。
特に疲れていると言う訳でも無いのに、いや、やはりどこか気疲れしていたのかもしれないな、と若干自分に言い聞かすも、特に誰にも起こされなかった事実を考えれば、寝ていても良かったのかもしれないと、そんな事を考えていた。
一応、台所で、多月の家の人と一緒に立つ今日花に手伝おうとはした薫子であったが、優しく断られてしまい、気分転換に外でも歩いてくれば?と言われたので、その様にしていると言うのが今の薫子だった。
そんな薫子が家を出る際に、おそらく家のものであろう、多月の者から、必ず帯剣する様にとのことで、一応、持って来ていたカシナートを腰に差す。
いつもは鎧やジャージで装備するので、この様な、つまりは今日花に見立ててもらった、明るい色のワンピースには何処か不釣り合いな感じもした。
それでも、これが町のやり方だと言うのなら従わない薫子でもなかった。
そして、多月の屋敷を出て、どこに行く訳でもなく歩く。
そんな薫子にとって、今住んでいる真壁家のある住宅街に比べて、ここの街並みはどこか懐かしいと感じていた。
狭い路地、急に現れる階段、生垣や、あ、あそうだ、窓に戸袋が付いている。
北海道の住宅には付いていないのだ。だから雨戸もない、窓の上に小屋根もない。そんな違和感が今は普通になってしまった薫子は、もう北海道に住んでから3年くらいは立つだろうか、などと考えていた。
無軌道に無計画にどんどん歩く薫子であったが、特に方向音痴ということもなくて、何より、多月の屋敷はわかりやすく、ともかくこの川に沿った道に出ると良いというコツの様な物はしっかり掴んでいる。
この辺はダンジョンウォーカーとしての日々の中でギルドという組織に指導してもらったおかげだろうと、薫子はそう思った。
思って、ちょっと寂しくもなった。
結局、私の強さなど、誰かに、かつてはギルドの先輩である麻生に、そして今は今日花に教えてもらっている技能に過ぎない。
だからいつも、結局はいい所までは行くが、限界なんて知れている。とそう思った。
自分は結局の所、真壁の家にはいるものの、戦う事において、常に遅れを取っている。
以前なら追いつこうと努力はするものの、今は、今日花との稽古のおかげもあって、自分の悪い所が、届かないところが余計に見えてしまっていた。
なんども今日花に、師に尋ねようとしたが、でも、何も言われていないのだから、師には師の考えかたもあって、私がそれに口を出すなど、と考えてしまう。
今回も、基本に立ち返って、みんなとは同行せずに、ギルドで足りない部分を少しでも補おうと思ったが、こうしてしっかり付いて来てしまっている。
しかも、今日花にこうしてよそ行きの服まで買ってももらっている。
ちなみに一緒に買い物に行った時に、
「薫子ちゃんのお出かけ用の服を買わないとね」
って言われて、有無を言わさず買われてしまった。
嬉しいけど、でも、遠慮とかもあるし、それに私は……。
と何かを言いかけるも、まるで本当の母親の様に微笑んでくれる今日花に嬉しくて、つい流されている自分もまた情けないと思う要因の一つだった。
そんな気落ちしている薫子は、だいぶ歩いたし、特に見るものもないし、そろそろ帰ろうかと思う矢先、そこにコンビニを発見する。
確かにこの町の規模なら一軒くらいはコンビニはあるだろう、と薫子は思うも、その看板を見ると薫子にとって初めて見る、オレンジ色に『D』と書かれている。
初めて見るコンビニだった。
気落ちする薫子ではあったが、少し興味もあったので、一体、こういう町のコンビニにはどんなモノが売っているのだろう?とのぞいてみる事にした。
中に入ってみると、品揃いに若干の違いはあるものの、パンコーナーには、その棚を埋め尽くす様に『ナイススティク』そして半分が『ランチパック』だった。
ドリンクコーナーも、知らない商品が多い。どうやら、北海道のコンビニ、セイコーマート同様オリジナル商品が多い様だ。
ちょっと興味を惹かれて二、三個ドリンクとランチパックを手に取ってみる薫子は、お腹も空いていないが、折角だからと、レジに持って行った。
きっとあれば誰かが食べるだろうと、そう思った。
そしてレジで会計をする時に、
「君、あれでしょ、北海道から来た人でしょ?」
とたずねられる。
「はい、そうです」
と薫子は簡潔に答えると、その店員は、クスクス笑って、
「あのヤバイ親子と一緒にいた子だね」
と、言った。
多分、ヤバイ親子と言うのは、真壁親子を指していると思って、
「ヤバイとはどの様な意味ですか?」
真壁秋の方はともかく、師匠に対してそんな言われ方をされた薫子はちょっと強めにその店員に言う。
そして、改めて店員を見た。
よく見れば、かなりの長身に、そして長髪。
広い肩幅に、決して太いと言うわけではないが、鍛えて付いたとみてとれる筋肉が隆々として、そして、今、薫子が買った商品をレジ袋に入れる指は、どこか柔らかく優しそうな顔に反してゴツゴツと太く力強さを感じさせた。
そのレジの男は、ジッと薫子の顔を見て、
「ごめん、ごめん、ちょっと気を悪くした?」
とちょっと大きめの声で明るく言った。少し驚く薫子である。
まあ、店内には薫子くらいしかいないし、しかも地元のコンビニだし、こんなにフランクに接してくるのかと、札幌に慣れている薫子はそんな風に思った。
そして、
「で? どっちが君の師匠?」
と訪ねて来た。
そして言われた薫子は即座に、
「今日花様です、母親の方です」
とキッパリと答える。薫子にしてみれば一瞬でも真壁秋、つまり息子の方に師事しているなんて思われたくない薫子である。
かつて、アドバイスと称して散々罵られた事は絶対に忘れない薫子である。
すると、レジの男は、
「そっかー、本当の母娘みたいにも見えたからさ、大事にされてるねえ」
と言われてしまう。
「え、いや、その、はははは……」
と今日花との関係をそんな風に言われては、もう照れ照れで何も言い返せない薫子でもあった。どうにも嬉しくて、もう一本ナイススティック買ってこうかな、とも思ってしまうのであった。