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北海道ダンジョンウォーカーズ(再up版)  作者: 青山 羊里
◆閑話休題章 青鬼見聞録 [隠匿された里の物語]◆
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その29【夜に這い進む母娘】

 ようやく1日目、その日の小さな宴を終えて、多月家自慢のお風呂を味わって、その日は就寝となった。


 部屋は、真壁親子、葉山静流と喜耒薫子と言う二つの客間を利用してもらっている。


 そんな誰もが寝静まっている深夜、多月の母娘は、ゆっくりゆっくり、その廊下を歩いていた。


 「ねえ、蒼、やっぱりやめない?」


 娘の後ろで、自分の枕を持って寝間着姿の母は、疑心暗鬼からや

や不安よりの表情で、前を忍び足で歩く娘にそっと語りかけた。


 「シー、母様、声が大きい!」


 と小さな声で娘に叱咤されるも、中々今の状況に納得のいかない母であった。


 それと言うのも、こうして今、母娘揃って、真壁親子に対して夜這の様な真似をしていには訳があった。


 それは、母、菖蒲に対する蒼の言い分だった。


 つまり、同衾の事、だからすでに蒼は婿殿である真壁秋と寝所を共にしているという事であった。


 蒼は説明した、


 「母様が言っている様な事は決してありません」


 我が娘ながら、強い口調。堂々とした言葉、だから信じたい母ではあるが、なら、どうして、あの少年、真壁秋と同衾に至るのか、ただ一緒に寝ているだけ、それが真実なら他の理由があると言うなら、是非聞きたいと思う母である、


 まあ、娘が一足早く大人の階段を登ってしまったと言うのは、少し寂しくもあり、また、親として『まだちょっと早かったんじゃない?』くらいは言わせてもらいたいところでもある。


 でも、母も、菖蒲も、決してその事を怒っている訳でも、まして嫌悪を抱いてしまっているわけでもない。


 娘を信じているから、その辺は正直に話して欲しいと思っている。


 もちろん、娘に 手を出した以上、真壁秋にはきっちりと責任は取ってもらおうとも考えているのも事実であった。


 しかし頑なに娘はそれは無いと言い張る。


 その事について、今更嘘をついても仕方がないとは思うし、きちんと責任を取ってくれるのなら、ちょっと可愛いくて、素直なあの少年ならとは思う菖蒲でもある。


 しかし、娘は言う、その理由を驚愕の内容を菖蒲に話した。


 「凄い良く眠れるのです」


 最初は意味がわからなかった。


 「ちょっと蒼、もう一回、わかりやすく言ってもらっていいかしら」


 「凄い熟睡できるのです、人生で初めてなくらい、宇宙なんです、コズミックを感じてしまうのです」


 どうしよう、自分の娘が何をいっているのかわからないわ、と一瞬取り乱すも、蒼は畳み掛けるように、


 「我ら多月の女の睡眠の浅さは、母様だって知っているはずです、母様も睡眠が浅く、常に眠っていながら周りに気配を探っているのでしょう?」


 ああ、そう言うことか、と納得が行く。


 それは長い多月の家の歴史の上で、いやが応にも身についてしまった習慣めいたもので、既にそう言う体が出来上がっているので、特に苦にもならない。


 しかし蒼の言うところに夜と、真壁秋がいるところでの睡眠はもう快楽に近いらしい。


 菖蒲にしてみれば、何を馬鹿な、といった感じで相手にもしなかったのではあるが、「ならば、母様も体験してみればいいのです」と、今、この様な事態になっている。


 そして、真壁親子のいる客間についてしまう。


 ねえ、やっぱり止めない、と言い出してしまいそうな菖蒲である。ここまで来て、何を今更とは思うが、つい口に出てしまいそうになる。


 そんな母の気持ちも知らずに、若干、興奮しているのだろうか、鼻息の荒くなっている蒼、無理もない、昨日は流石に真壁秋の寝所には潜り込むわけにはいかなかった。


 しかし今となっては大義名分もある。


 堂々と忍び込む気満々の蒼だった。


 「では母様、参ります」


 と音も立てずに障子戸をスーッと開く我が娘を見て、いつもこんな風に、男子の部屋に嬉々として忍び込んでいるのかしらと思うと菖蒲は一瞬目眩がした。


 「早く、母様!」


 「あ、はい」


 室内に入ると、真壁親子はすっかり熟睡中であった。


 母親の今日花と、息子の秋は仲良く並んで布団を敷いて休んでいる。


 「では、母様、私は定位置に参りますので」


 その言葉に、


 「ちょっと、蒼、私はどうすればいいのよ?」


 普通に取り残されそうになって尋ねると、


 「今日花様と同衾すればいいですよ、今日花様は怒りません、何より、お屋形様と同様の効果が得られます」


 と蒼は言うのだが、菖蒲にしてみると、我が娘は息子さんばかりでなく人の親である、今日花様の布団に潜り混んでいるのかしら?と思うと一抹の不安を覚えてしまう。


 「では母様、私はこれで」


 と慣れた動作で、息子である真壁秋の布団の中に潜り込んでゆく姿を見て、驚きを隠せない母、菖蒲であった。


 「ちょっと、蒼、蒼!」


 と声を掛けるも、もう返事もない。既に熟睡の娘であった。


 「もう、どうしろって言うのよ!」


 と思わず愚痴を零すと、


 「何?」


 と突然、寝ていたはずの今日花から声がかかった。そして、


 「今日は秋の所、いっぱいだったの?」


 と言って、布団の中央に寝ていた今日花はスススッと端によって、


 「おいで、一緒に寝よう」


 と一言の後に、再び熟睡する。


 心臓が止まりそうな菖蒲であった。


 よかった、娘と勘違いしてくれているみたいだ。今日花の言うところの『いっぱい』というのはちょっと気になっている菖蒲でもあるが、今はそんな時でもない。


 この時点で帰ると言う選択肢もあった。


 しかし、娘は、爆睡している。


 布団から出ている娘の顔は、まるで蕩ける様な、母親である自分も今まで見たことのない、そんな表情をしていた。


 そんな娘の寝顔は、スヤスヤなんて生易しい熟睡ではない。本当に睡眠が、眠る事が気持ち良さそうに見えてしまうのだ。


 思わず固唾を飲んでしまう菖蒲であった。


 そして、ついに、好奇心が菖蒲の心を支配する。だから体もそれに準じた。


 「し、失礼します」


 と今日花が寄って開けてくれた布団にそっと、お上品に潜り込む。


 そして、寝てみようと目を閉じた瞬間に、菖蒲の周りに全ての物は吹き飛んで、上も下も左右もない世界に意識どころか身体ごとに見込まれて行くのがわかる。


 浮き上がるその感覚と同時に襲う柔らかな落下する感覚。


 最後に、菖蒲は呟く、


 「ああ、宇宙が見える……」


 意識はまるで、無限に広がる大宇宙に溶けて行くのである。


 もはや抵抗など…… 安心してその身と心を預けてしまう恍惚な安眠な人の菖蒲だった。

 

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