その26【百目家にてシーン7から】
冷静になりたい時は、必ずと言っていいほど冷静さを失っている時である。
そんな状態で、
「母さん、もう一回、シーン7の下からだ」
言うと、ちょっとヤバい感じの追い詰められた瞬きを忘れた目でジッと夫である統治を見て、激しく頭をシェイクダウンする。つまりうなづいている。
「じゃ、じゃあ、私のセリフから参ります、いいですかお父さん、言いますよ」
と行って深呼吸してから、
「ど、どこの馬の骨ともわからん奴に娘は渡せるか!」
そして統治が叫んだ、
「お父さん、やめてください!」
その言葉に蛍は不敵に笑っって、
「わかった、そんなに娘が欲しければくれてやる! フハハハ(棒)孫が楽しみだ」
「気が早いですよ、うふふ」
と不気味な笑顔の統治。ちょっとキメ顔が入ってしまう。
そして、セリフの読み合いが終わって、夫婦は静かに考える。ひとまずひと息つく。
「うん、うまくいきそうだな」
と統治が言う。互いのセリフが入れ替わっていることに全く気がついていない上に何本かセリフが飛んでいるのも気がついていない。
ともかく、これで、万事上手く行くと信じて止まないのである。
素に戻った当時は、
「この部屋に呼び出す手はずなのだな?」
と妻、蛍に確認する。
「はい、やはり大広間が良いと思いまして」
その妻の言葉に、ザッと周りを見渡して、統治は言った。
「いや、ほら、水島くんはあまり和室とか慣れてないんじゃないのかな? 正座は厳しいだろう?」
すると蛍が、
「なら、椅子でも用意しますか?」
「いや、和室畳の大広間に椅子もおかしいだろ?」
「でもせっかく遠いところから来ていただいていますから、慣れない格好で狭苦しい思いもさせたくありませんわ」
と言う蛍である。
「なら用意するか」
と話がまとまったところで、
「ところで、紺と水島くんはどこにいるのだ?」
「はい、隣の部屋で待機していただいています」
「そうか、なら、ちょっと休憩してから、来てもらおう、やるぞ! 母さん」
「はい、あなた」
仲の良い、娘思いの夫婦である。
見つめ合い互いに思うのは、この難局も自分たちにならきっと乗り切れるし、上手にゆくだろうと言う確信だった。
かつてイラクの方に派遣された際に生やした、今はお気に入りの髭を指で整えて、まさに決戦の時をジッと待つのである。
ちなみに、この大広間と隣の部屋は襖一枚の隔たりしかないのである。だから、
「なあ、紺、椅子とか用意した方がいいんじゃないのか?」
と丸聞こえの水島に言われるも、何も言い返せない紺であった。
もう、ほんと、恥ずかしい、何これ? 信じられない!
恥ずかしさに耐えるあまり、体を岩のように固まっている紺が言葉を出せたれきっとこんな事を言ったに違いない。
そして、水島は、
「紺、このまま行くと俺と結婚することになっちまうぜ」
とどこか心配そうに、ちょっと照れ臭さそうに水島は言った。
すると紺は、水島の横顔を見ながら、蚊の鳴くような声で、
「……じゃあ、それでいいっす」
と言う声は、静かなこの町の小さな日常に紛れる音に阻まれて水島の耳には届かない。
「え? なんだ? 聞こえなかった、なんて言った?」
ぶっきら棒にに尋ねる水島に紺は、さらに紅潮した顔を水島に見せまいと、そっぽを向いて、
「な、なんでもないっす」
と言うのが精一杯だった。
見た事ない両親の茶番と言うか小芝居。
それでも、恥ずかしい両親の一生懸命で精一杯の気持ちが想いは伝わってくる。
特に父なんて、家にいるときも紺にとってもぶっきら棒で、普段から優しい言葉んんてかけてくるような人ではないのに……。
だから、この町にいるこの時は、この町へと来てくれた先輩との距離をなんとかしよう、頑張ろうと誓う紺であった。