その23【母と娘の談笑】
多月の館は、朝から、まさに戦争のような様相をだった。
古来より、台所は女の戦場と言われてはいるが、まさにその物の修羅場と化してる。
北海道より招いたダンジョンウォーカー様、皆々様への歓迎の準備。
つまり、本日の宴は、人生の中でもそうはない位の重みがある。
娘の婿となる外の一般社会からやって来た男の子。そしてその家族を迎えるのだ。
否応無しに屋敷は燃え上がるような、そんな気合が入る、入りまくる。
そして、ここに、多月の本家の女が、現当主、次期当主、そして更にその次の未来の党首が一堂に首をそろえて、調理に当たっている。
湯を沸かし、下ごしらえをして、黙々と調理をしている。
これは、家の味を知ってもらう為の言わば儀式にも近い事なのである。もちろん正式のものではないが、長い歴史の中、脈々と繰り替えされて来た新婿には家の味に馴染んでもらう最初の一歩なのである。
「うちの味はどうかしらね?」
と菖蒲が言う。
「あの坊はなんでも美味いって食ってたよ」
と褐が答えると、
「母さんには聞いてません、蒼、お前に言ってるのよ、どうなの?」
「はい、お館様なら心配ないかと……」
と母をみる事なく、水道の水で青物を洗いながら蒼は言う。
すると、菖蒲は深くため息を吐いた。
「蒼!」
とキツめに自分の娘を呼ぶ。
「は、はい」
驚き、母をみると、母は、さっきまでレンコンを切っていた手を止めて、自分の娘を、つまり自分の目をじっと見つめていた。
そして、
「蒼、『お館様』と言う、言い方!」
とピシャリと言われる。
え? 何が悪いのか、どこを叱られているのかさっぱりな蒼に、
「せめて、『旦那様』とか言えませんか?」
と言われる。
そして、考える蒼は、ハッとして、ごく真面目に、そして当たり前に母に言う。
「いえ、決してその様な……」
恐れ多い、とか、そういう人間関係ではない、とか言いたいことも色々あるが、母はそんな蒼の言い訳(?)も許すつもりもない様で、
「聞くところによると、もうすでにあなたは、あの少年に同衾まで許していると言う話ではありませんか!」
それは間違いではない。確かに一緒に寝かせてもらえている。だから正しいと蒼は思ったので、小さく頷いた。
すると母は、
「もう、そんな深い仲なのです、もっと近しい呼び方でも良いではありませんか」
と母は言う。最初は厳しく、そして後の方は甘く優しく、そんな言い方である。
ちなみに、婚姻前の男女の同衾は、この町の教えに反する。何より倫理的にはどうだろう?と一般では反社会行為でもあり、『不潔よ』などと言われてもいいくらいではあるのだが、まあ、なってしまった物は仕方ない、と意外に男女においての懐の広さを見せる母、菖蒲である。
いや、相互面において深いとか近いとか言う問題ではないのではある、なんらかの誤解をしているのだと蒼は悟ったので、
「あ、あの、母様……」
と言いかけるも、
「言い訳はいいの、言い訳はしないで」
と言われる。言い訳も何もないのではあるが、速攻で言われてしまう。蒼の話す隙すら無い。
「確かに、ね、女の子ならね、そう言う抑えられない、走り出す気持ちもあるの」
「おい、菖蒲……」
自分の娘が孫の現状をおかしな方向に勘違いした後、自身の身に置き換えて、かつての自分を思い出しているのが手にとる様にわかった。
だから一応は止めた。
「少しは蒼の話を聞いたほうがいいい」
しかし、母というと、
「私もね、清十郎様と……」
と何かを言いかけて、そして冷静になる、通常空間に戻って来る。
一つ咳払いをして、
「ま、まあ、私の方はいいの、問題は蒼、貴方の事よ」
自分の娘に、愛する旦那との、割と生臭い、その馴れ初めを語りそうになる母である。