その10【大失恋、少女泣く】
少女は片手に水筒を持っている。それを見た鬼は、
「何だ、迎えが来やがった」
そして、彼女は境内に。
パンパンと柏手が二つ。そして一礼。そんな姿が格子の向こうに見えた。
屋代の中の鬼は、その口上を待つ。
女子は、述べる。
「青い鬼のお嬢様、是非おうちにお越しください」
青鬼はうん、うんと頷く。
ちょっと声が震えてるかもしれないが、この辺はやっぱり俺の姿を知っているので、やはり大きいのは怖いのだろう、まだ女児なら無理もない、とそう思った。
そして、彼女は、水筒のキャップを外して、トクトクとその中に水を注ぎ込む。
だから、鬼は、青鬼は屋代の中から尋ねる。
「それは何だ?」
女子は一礼。
そして、
「真水にございます」
「水はいらん、酒を持って参れ」
女子は再び一礼。
「酒はございません、あるのはこの微かな水のみにございます、私どもは町を追われ、蓄えもなく、山の泉から汲んだ水です、どうかこれで我等をお救いください」
「肉も穀物も無しか?」
「ありません」
「魚も菜も無いと言うのか?」
「ございません」
そして、女子は一拍おいて、
「どうしてもと言うなら、この私をお喰らいください」
「お前を食えと言うのか?」
「はい、もう差し上げる物が、私しかありません」
長らく沈黙が続く。
そして、
「わかった、お前のその微かな水を持って、お前に招かれてやろう、お前たちは、この微かな水で鬼を招いた、だから俺を微水と呼ぶがいい」
と言って扉を開いた。そして、
「おし! よくできたな、偉いぞ」
と青鬼は超ご機嫌になる。
この口上、そして、演技かかったやりとりは、一応、鬼の身を家に招く為の儀式である。
ちなみに、招かれないと鬼は基本的に人間の住まう家には入る事ができない。
もっとも、この鬼はすでに人里にいるのだから、家に入れない道理はないのであるが、この鬼は、自分のためにこの町が作ってくれたこの一連の会話のやり取りが大好きなのである。
ちなみに、この一連の会話、村の歴史、史実に基づいているのであるが、本当はちょっと違う。
実際は、都の方で大量に酒を奪って、この近くの山で呑んだくれていた微水が、相当に酔っ払って、しかも二日酔いどころか週単位で具合が悪くなって、死にそうに(精神的に)なった時に、この里、戦乱から逃れてきた、女子供たちに、清涼な一杯の湧き水を貰ったことに由来する。
『いや、マジで生き返ったわ。水うめ〜!!!!じゃあ守ってやるよ、この山の上の方にいいところがあるからそこに住むといい。で、飯は出してくれ、肉はとってやるからよ、』
と言うのが真実のセリフで、その後も、そんなグダグダな感じだった。
彼女、微水自身もその歴史は知っているのであるが、自分達を守ってくれた鬼のために、カッコ良く、それっぽく改変されたのである。
まるで子供のように喜んで、扉を開けると、そこには、
「お、四胴のとこの娘か、じゃあ行こうぜ」
と言うものの、女子は動かない。
「どうした?」
と微水が訪ねた瞬間、四胴 空の目からブワッと涙が吹き出す。
「お、お、おい、何が、どうした?」
目の前の小学生女子に泣かれて取り乱す微水である。
そして四胴 空は言う。
叫ぶ様に、訴えかける様に、本来の自身を忘れてしまうくらいの勢いで微水に訴える。
いや、愚痴る。
「私、焔丸君の事、好きだったもん!」
涙が溢れる目を見開いて、微水を見つめる小学生女児。
「この町に居たいからじゃないもん!」
そしてその後は嵐の様に泣き噦る。
四胴の娘、空はそれはもう、クールな女子小学生である。
それが、この取り乱しと言うか、涙と叫び声と鼻水の爆発ぶりである。
もう、微水はどうしていいかわからない。
「うん、まあ、そうだな、そうだよな」
と適当な相槌を打ちながら、もう、嵐の過ぎ去るのを待つしかない。
ともかくこの地雷をなんとかしないと、とは思うものの、これ以上の状態になるのが怖くて、余計な事も言えず、触れられない女子の鳴き声が妙に空いた腹に響く微水であった。