その9【青き剣鬼『微水』】
ゆるりと、まぶたが開いて来る。
目が覚めた。
と言うことは寝ていたのだろう。
だから起きた。
つまりはそう言う事だ。
屋代の扉から差し込む光。
もう、夜が明けて、太陽は一番高い位置より少し手前くらい。
彼女は床に転がす自分の肢体の上半身を起こした。
そして、大きな口を開いて、腕を天井に向かって伸ばす。
「おっと」
と慌てて手を下ろす。
ああ、そうだった、今日はこの神社の屋代で眠ったんだ。
思い出して、屋代の天井を見上げた。
自分の視線でも、一番低い張りは高く、手が当たりそうでもない。
確かに座ってる状態では流石に届かないな、と彼女は思った。
そして、再び、牙をのぞかせる口を大きく開いて、お腹のあたりを抑える。
豊かな乳房の下の引き締まった腹は、小さく音を立てて、彼女が空腹なのを教えてくれる。
「そっか、まだ今日は何も食ってない」
そう呟いて、彼女は再び欠伸をして、今度は遠慮なく手を伸ばし、背伸びをした。
昨日は二肩の家で晩飯をご馳走になって、そのまま、家のも者たちと酒盛りをして、神社で寝た事を思い出していた。
彼女は、あの多月蒼の双剣、『浮鴉』が切られてからと言うもの、こうしてこの町で自堕落な生活をしていた。
つまり、多月蒼と真壁秋の一瞬の死闘の末に敗れた多月蒼は、その小刀、『浮鴉』を斬られた事によって、彼女は現代に蘇ってしまった。
かつて、彼女が長い眠りにつくときに言った。
「もし、俺のこの剣が、刃が、折れる、もしくは、潰される、または、砕かれるでも無く、斬られる様な事があれば、この里の一大事だ、蘇ってお前らを助けてやろう」
と言う盟約の元、この神社の地下にある祠でゆっくりと惰眠を無駄を貪っていた。
彼女は確信していた。
この剣、浮鴉に触れるものなどいるものかと、そう踏んでいた。ましてや、折るでも潰すでも無く、砕く事すら叶わす剣だ、誰がどうやっても斬れるわけなどあるものか、そう踏んでいた。
だからびっくりした。
自分の魂の一部を預けて剣を、よもや切り刻む者が現れようとは……。
本当に驚いた。腰が抜けた。
そして、一瞬だが盟約の里、つまりこの多紫町の人間、しかも本筋の者の命が消えゆこうとした事。
「俺の作った剣を斬って、その上、この里の最高の戦力を即死に近い状態にする奴がいるとはな……」
今でも思い出す。
特に、多月の者とは完全に感覚が共有できるくらいの相性がいい、だから、安心して任せられた。
しかも相手からは何の殺気も、気迫も、相手への絶命の意識もかけらもない。
まるで路傍の石ころでも蹴って飛ばすくらいの意識もない。
その寿命はまさにこの国の歴史と言ってもいいくらい長く生きる彼女もこんな相手は見たこともなかった。
だから彼女は思った。
ちょっと見てみたい。
そう思ったのだ。
もし、その者を連れてきたら、新しい武器を造ってやる。
俺自身が作ってやる。
そう、多月家の前で言ったのは今より少し前の話だった。
そして、彼女は立ち上がった。
頭をぶつけないように、そーっと立ち上がる。
特に頭に生える一本の蒼い角は、意識が向かわないで、この人間のサイズで造られた建築物の屋根や天井、張り、鴨居など、しょっ中ぶつけるし、引っかかる。
彼女自身、この角をどうにかできないものか思案中でもあるが、
「まあ、俺、鬼だしな」
と、若干の諦めムードなところもあるあった。
ヌウっと立ち上がる彼女。
今にも屋代の張りに頭をかすめる。
この前、この町の学校で、是非身長を計らせてくれ、と言われ明らかになった高さは、3.6m、概ね大人二人分の高さである。
体重は?20キロで、割とスレンダーな体格である。何より乳がでかい。
普通の大きさだったとしたら、普通に美しく、聡明そうな女であるが、その乱暴な口と、着流しから出る腕の太さはやはり鬼そのものでもあり、何よし下顎から上に向かって伸びる牙は、獰猛な獣を連想させられる。
頭の角を中心に、黒い髪を肩のあたりまで流して、その目は釣り上がりはするものの、顔全体を見ると、どこか愛嬌のある顔をしている。
「さて、今日は誰の家にお邪魔しようかな」
と呟くと、まさにその時、神社の境内に、カバンを持った女子が一人。