その8【男子小学生にとって結婚はロマン】
だから、四胴の娘は、ここで焔丸の『Yes!』の返事が欲しかったのである。
「多分、ほとぼりが冷めたら、暁くんが呼び出されるよ」
と、どこか冷めた目をして焔丸は言う。
「うん、そうだね、覚悟しておく」
その暁の言葉に、そして改めて見ると表情に、
「え? 暁くん、もしかしてOKなの?」
「うん、だって四胴さん綺麗だもん」
「だって、彼女、君の事好きってわけじゃないよ、この町を離れたくないだけだよ」
この暁の言動とこれからやろうとすることに驚きを隠せない焔丸である。
「いいよ、そんなの、付き合っていけばどうどとでもなるよきっと」
「そうかなあ、違うと思うよ、少なくとも僕はそれは違うと思う」
と焔丸は、暁の考えを否定する。というか理解し難く飲み込めない。
「だってさ、ちゃんと『好き』じゃないと、こう言うのダメだよ、絶対にダメ」
大人びている焔丸であるが、以外に男女間の問題にはピュアな様である。
それに比べて、
「四胴さんクラスの美少女と付き合えるなんて、そんなことの方が重要だよ、僕はいい、好きじゃないならそれでもいいよ、結婚なんてそんなものだよ」
「いや、そんな事ない」
「そうだよ、焔丸くんは結婚にロマンを持ちすぎだよ」
「違うよ、暁くんの考え方がおかしいんだよ」
「違う」
「違う」
と、この辺はどちらも譲るつもりはないようである。まあ、互いに小学校4年生の男子であるのだから、この辺は仕方ないとも言えた。内容はともかく、こんな言い合いになって互いに唾がかかりそうになって言い合う姿は小学生男子そのものでもある。
それでも暁の現実主義というかリアリスト振りも焔丸に、そんなものかなあ、と思わせるだけの説得力を感じていた。
まあ、世間一般ではリアリストというよりは『ゲスい』というのであろうが、ともかく驚く焔丸だった。
「結婚する人はしっかりと好きになってもらいたから、僕はそういうのは嫌だな」
というか焔丸に対して、
「あれ? だって、焔丸くん、許嫁とかいたよね?」
と言われて、
「うん、いるらしい」
「この町?」
首を横に振る焔まるは、
「ううん、北海道だって」
「じゃあ、お姉さんと一緒に来るの?」
「いや、今回は来ない、でもいずれ僕の方が行く」
焔丸はそう言った。まるで、どこか遠くを見るように呟く。
そして、そんな焔丸に暁は再び現実を突きつける。
「でも、この町の男はこの町から出るのは難しいよ」
と暁は言う。そうなのだ、この町の男は一人でこの町を離れることは無い。概ね妻や家族を連れなって出る。
しかし、
「でも、実際は、五頭家の熾丸も、九首の所の丹も、北海道に出てる、だから僕も行くんだ」
力強く言う友人に暁は、一つの可能性を提示する。
「ああ、そうか武者修行の名目ならいけるんだね」
「うん、まあ、僕の場合はなんとなくはダメできちんと師事できる人がいればいいのだけれどね」
と焔丸は言った。
もちろん、そのためには、今の家長である母の菖蒲に認めてもらう必要があり、何より焔丸が師事できる人間には、その母の前に連れて来ないとならない。
つまりは多紫町に連れて来ないとならないのだ。
そして外部、つまり町の外での修行ともなると、彼の未来の師匠は母の他に、祖母、つまりは『剣神』とまで呼ばれた褐にも認めてもらわないとならない。
普通に考えるのであれば不可能である。
しかし、その不可能を乗り越えてただ漠然と夢見ることができるのが、年頃の少年のいいところである。
いつか、いつの日か僕も姉様みたいない北海道に行く。
そして、親の言う婚約者のあるところの『東雲春夏』を娶って帰って来る。
そんな未来を想像して止まない焔丸であった。
「あ、焔丸くん、次の子来てるよ」
「あ、今度は3組の九首さんかあ」
「じゃあ隠れるけど、頑張ってね」
暁はそう言って再び離れて行く。
焔丸は指を折って数えて確認する。
「今日のところはこの後、2名かあ」
これは、焔丸だけでなく、この町に男子として生まれたものの宿命。
こうして焔丸の日常は温暖に少しずつ女子を敵に回しながら、過ぎて行くのである。