その6【多紫町男子の宿命】
多くの女子に混ざって、ほんの数名の男子が取り囲まれるかの様に、学校へと続く道を歩く。
一般において、この子供達が溢れるスクールゾーンは数こそ『ハーレム』とでも呼ぶのだろうが、しかし、この町ではそうもいかない。
なぜなら、
「ほら、暁くん、もっと姿勢を正しなさい」
とか、
「焔丸様も正々堂々としてくださいな」
とか、
「威厳を出せませんか?」
「多紫の男なのでしょう?」
「襟元が乱れています」
「洗面は済ませてますか? 目に何かついていますよ」
まるでマシンガンの一斉掃射のように、次々に注意を受ける。
言われる男子はうなづくものの、決して声は出さない。
たった1%の男子は99%の女子によって包囲され、毎日、厳しいチェックを受ける。日々、常にこの様な状態になるからである。しかも一度その口火を切られるとなかなか止まる事もない。
親切を彩る口撃は学校に到着するまで止むことはないのだ。
もちろん、少数の男子の中でも言い返そうとしたものはいた。
しかし、全ては無駄な抵抗に終わる。
一般において、この年齢帯の女子であれば、男子など比べ物にならないほど弁が立つ。
その上圧倒的な数だ。
戦いとは数であり相手の優勢は絶対に覆える事はない。特に包囲殲滅の形が完成してしまった今、贖う術などないのである。
一言でも言い返すものなら、それは彼等の包囲網を構成する数同様に99の反撃が来る。
被弾を最小限度に抑えるためには、余計な事を言わず、ここはもう黙って耐えるしかないのだ。
もちろん、「聴いてます」「ご指導感謝します」って顔をして、過度に笑顔にならない程度の薄い笑顔でやりすごすのだ。
この街の男の子は家庭では間違いなく甘やかされているので、このころの男の子は皆それなりに隙がある。女子の言う指摘な間違いはないのだ。良く見ている。観察して勘違いや思い込みなど入る隙間もなく徹底的で的確で必中なのだ。
僅かな男子は一挙手一投足を監視され、指摘され、さえずりの様に出される注意勧告は止む事なく続く。
まるで大軍と言う名の女子の中で、やむことのなき女子の指摘と言うマシンガンによって、まるで無抵抗に蜂の巣の様になっていると言っても過言ではなかった。
流石に学校に行きたくなくなる男子も出て来る。
しかし、それも無駄なのだ。
何故なら、女子の代表が必ず迎えに来るからである。
そして、家の家長である、男子にとっての母は、必ずと言っていいほど、女子の味方なる。
この洗礼は、この町、多紫に生まれた男子なら必ず受けている。
もちろん、この土地にあって、男性の価値は珍重されると言っても過言ではない扱いを受ける。しかし、だからと言って過剰に甘やかされたり、優しくされる事も決してない。
それはもちろん、それらの行為全てが、彼女たちの優しさに他ならないのである。
もともと女傑なこの土地において、男性の立場は極めて低いとも思われがちだが決してその様なことはない、大切にされているのである。
曰く、この町において、男子はみんなで育てるものなのである。
それはもう、卵の様に大切に大切に育てる。玉の様にピカピカに磨き上げる。
何より、ここにいる女子達は全員、この町のそんな教えに従っているだけなのである。
小学校までの続くこの通学路。
時間はほんの十数分。
この経路には2名の男子がいる。
彼等は決して口には出さないが、時折、互いを見て、お互いを元気付ける。
「もうちょっとで、この今日の朝の地獄も終わる、頑張ろうな」
この町の男子は優しい人間が多い。
それは生きて行く上での悲しい取捨選択のなれの果てなのかもしれない。