その4【多紫町中学生女子の憂鬱】
そこで、中学生くらいになると、学校教育、家庭教育の一環として、外の世界へ旅立つことを促し始める。徐々に外は怖くない、安全だよ、と教えて優しく背を押されて自然に自分の身の振り方を考え始める。
それでも前年比として今年は、この町から出たくないと旅立ちに泣く者は多かった様だ。
それでも町の為にと、辛さを堪えて、皆旅立って行くのである。
そして、自身を育てると言う旅を終えて子供達は、皆立派な町の大人達へと成長して行くのである。
帰ってきた子供達は町を支える立派な人間になる。
例えば、学校の先生、幼稚園の保母さん、役所の職員、果ては農家や林業、建築やインフラ関係など、その活躍の場は幅広い。
一般社会を経験し、この町を支える為に、この町を維持して行くための専門知識や資格を得て、概ね将来の伴侶を連れて帰って来るのが通例である。
だから柚葉を含む誰もが町を育てる大切な町の担い手な彼女達であり、決しておろそかにされる様な事はない。
それを加味した上で、多月家、つまり本家は、この町の歴史の上に君臨し、現代において気軽にご近所付き合いはできるものの、その家の長女である蒼は、町の誰にとっても本物のお姫様に他ならない存在であり、まさにこの多紫そのものと言う人もいる。
誰もが彼女の存在に畏敬の念を持ち、そして柚葉の様に歳の近い人間にとって憧れる存在でもある。
多紫神社で毎年恒例で行われている、初代微水様奉納試合での、本家の蒼様と、分家の二番手であるニ肩家の長女である千草との死闘は今でも語り草である。
生涯生きていて、あの様な戦いを観戦できることなどないと町の誰もが思っているはずだ。それほどまでに激しく、そして美しく、勇ましかった。
だからこそ、蒼を含むあの青色に染まる人たちが特別で、自分はそうでない事を自覚できたのだ。
決着は千草に軍配は上がったものの、今も尚、その勝敗について納得のいかない者は多い様でもあった。
当時、彼女達は小学校高学年、確か6年生であった。
だから、当時の柚葉は1年生くらいで、その戦闘を親に買ってもらったかき氷なんてそっちのけで、ただ見つめていたのを覚えている。
そんな過去を振り返ると、柚葉ですら、自分の進路なんてそっちのけで、かつての戦いの行方を再考してしまう。少し興奮してしまう。
そのギリギリの攻防に、今を忘れて叫び出しそうになって、ようやく今の現状、帰路の途中であると思い出す始末である。
そして、落ち着いて、悩みを思い出す。
そう、早く決めないと、自分の将来なんだからと、真面目に考える。
でもそんな柚葉にとって、いやこの町にとって、ちょっとした、ホットでキャッチーなニュースもある。
この度、北海道ダンジョンに、北海道に行ったこの町の仲間が帰って来ると事実を思い出す。
今日のHRでの教師の話の内容である。
蒼様、そして浅葱様、百目の家の紺ちゃん、藍さんもだ。
久しぶりだなあ、と柚葉は思う。
あくまで一時的な帰省らしい。
あの、多月の本家の蒼様については、北海道で出会った『お婿さん』も一緒だと言う。
なんか色々すごいなあ、と考えてしまう柚葉であった。
「そっか、帰って来るんだ」
と何の気なしに呟きを漏らしてしまう。
そして思いをはせる。
生まれてこの方、この町から外に出たことのない柚葉にとって、地図の上でしか知らない北海道ってどんなところなのだろうか? 確か街の中をモノレールが走ってるって聞いたことがある。ヒグマが美味しいらしい。最近では昆布で靴とか作ってるって話も聞いたことがある。
彼女にとって、まさに異国の地に近い感覚だろう。
そして、雪が降るのだ。
この町にも冬には雪の日もあるが、それほど積もらないし、すぐに溶けてなくなってしまう。だが、北海道では屋根より高く雪が積もると言う。
柚葉にとって、それはまるで想像できない世界でもあった。まさに雪だるま作り放題かも知れない。
そして、何より北海道には『ダンジョン』があるのだ。
一体どんなところなのだろう?
柚葉の胸は想像に膨らむ。
希望を出せば私もいけるだろうか?
「無理、海越えちゃうじゃん!」
って思わず自身に突っ込みを入れてしまう。海見たことないけど。
でも、ちょっと行って見たいなあ
などと思って見て、大それた事だと考えを改め、そして又考えてしまう。
この町にも男子はいるが、あの蒼様が選ぶお婿さんとはどんな人なのだろう?
柚葉は自分自身の悩みも抱えたまま、また新しい悩みを考えれば考えるほど生み出してしまい、次々と抱えてしまう事になってしまう。
ひとまず精神統一。
そう考えて、柚葉は空を見上げる。
綺麗な澄んだ夜空の様に澄んだ心になろうとする、混ざった悩みが年頃の中学生女子の心を曇らせて行く様な感じがして、自身の中から吹き荒れる妄想と現実の前に、ちょっとイラっとしてしまう柚葉であった。