145話【ダンジョン温泉慕情 無茶言うな編②】
進んでいる通路が急に見渡す限りの広い室内的な場所に出る。
ああ、なるほど、ここにいるんだな?
すると、鼻を突く異臭。
なんだろう、この匂い、どこかで嗅いだ覚えがある。
「温泉卵です!」
って咲さんがテンションも高く叫んでくれたおかげで思い出した、これ硫黄の匂いだ。
つまりは登別カルルスの湯元って感じ。
そして、突然の爆音に、今まだ何もなかった床から水蒸気と、そして続いて煙に炎。
いつの間にか、歩いていた通路から、その壁と床の様相が変わってるから、ここ部屋だね。つまりモンスター出る。しかも、今現在目視できないって事は、これから登場するから、部屋付きのモンスターって事。この深度だから、エルダー以上って事だね。
でも、今なら遭遇もしてないから引き返せるけど、まあ、目的地は、この先だから、僕らの対応はもう既に決まってる。
「出る、みんな散開、戦わない人はなるべく後方に下がって、最後尾の人は一応後方警戒に1人お願い」
って瞬時に葉山が役所を振ってくれる。
そして、流石にみんな深階層のダンジョンウォーカーだよね、独自の判断もあるけどその指示に従ってた。
ちょっとびっくりしたのは、僕の横に咲さんと小雪さんが来た事。
さっきまでの可愛らしい恨み言はどこへやらの、僕が向かう正面に対しての警戒心のみがあらわになってる。
本当にクロスクロスレベルじゃ無いな、この子達、でも土岐とかは楽できそうだよな、今まで1人で戦ってたから、ほとんどクロスクロスの戦闘能力はあいつ1人でなんとかしてたから、よかったなあ土岐、ちょと煩そうだけど戦力じゃん、なんて思う。
そして準備万端な僕らの前にそいつは姿を表した。
地面というか、床から吹き出るマグマみたいな感じのもの、熱くは無いから演出だけだと思うけど、でもそんな大げさというか、過剰演出する床が割れて出て来たのは巨人。
しかも、巨人のゾンビ、だからジャイアントゾンビっていうのになるのかな? ボロボロの服に所々向こうが透けて見える様な欠けた肉体な感じで、でもあの服って、どう見てもあれだよなあ、あの、その、はっきり言って浴衣? みたいな?
でも前の方は帯とかしてないからはだけてて、その帯、頭に巻いている感じなんだよね。 しかも頬骨の突き出たしまった顔は、ゾンビさん特有の黒ずんてはいるものの若干の赤みがあって何やらご機嫌そうだ。
「出たわね、『温泉ジャイアントゾンビ』」
「硫黄と高熱でいい感じに燻されてますから、通常のゾンビよりは頑丈で、含水率も少なく乾いているほどもなく、いい感じなのよ」
桃さんと瑠璃さんが説明した後、下がって行く。
健康骨の次は健康遺体だって。温泉って健康にいいんだね。生死はさほど問題じゃないみたいだね。
それにしても、アンデット系モンスターの2連戦かあ。
「ほら、薫子、真壁と一緒に行って!」
と僕の横から、葉山に押されて薫子さんが飛び出してくる。
え? なんで薫子さん???
「真壁、ちゃんとやって、薫子に自信持たせてあげて」
え? 戦闘勝利条件が急にだだ上がったよ。
そんな薫子さん、ちょっと自信無さげに、僕の顔を見てから今度は後ろに控えている葉山の顔を交互に見て、葉山からなんとなくのエールを送られた薫子さん、また僕の顔を見て、「よ、よし行くぞ」とかか細い声で言ってた。
そんな僕らの横には咲さんと小雪さん。
「ギルドの姫様です」
「美人です」
ってキャッキャキャッキャしてた。
僕の中の戦闘への意識がどんどん削がれてく、ヤバイヤバイ、見た目はともかく、この温泉酔っ払いゾンビ結構強そうだぞ。
さっきの瑠璃さんと桃さんの言い方ではこの温泉への道、温泉ロードへの最大の障害っぽいし、ごめん、葉山、悪いけどここはサクッと行かせてもらう。
って後で葉山に何を言われるかなあ、って覚悟を決めていたら、薫子さん、そのままスーッと温泉ジャイアントゾンビに向かって行ってしまう。
うあああ、ガチで何も考えてない、完全にノープランだ。一応はカシナートを構えるけど完全に腰が引けてる。見事な屁っ放り腰の薫子さんだ。
きっと、沢山、心理的な何かを失って、本来の姿にすら戻れなくなってしまってるんだなあ、ってここに来て僕、薫子さんの状態を初めて知った気がした。
確かに重傷じゃん。
こんな状態の薫子さんを、エルダー級に当てるのって、ちょっと無茶じゃないかなあ……、そして、それを担保するのって、もしかして僕???
本当にどうしよう、これでこの見た目はふざけてるけど結構やりそうな温泉ジャイアント酔っ払いゾンビとやり合うのって、かなり無理筋の気がする。
なんて事を考えてると、
ジャイアントゾンビの頭上から、まるで雷の様な一閃が、瞬きよりも早く、温泉ジャイアント酔っ払いゾンビを貫いた。
ほとんど四散する様に巨大なゾンビは消えた。
そして一撃必殺をもたらしたその槍は、目標の完全な破壊を見届けるよに床に突き刺さり、佇んでいる。
その石突から伸びた鎖の先には、いつものあの憮然とした声が僕に話しかける。
「ハハ! 修羅場ってるなあ、マー坊」
そこには、あのクソ野郎さんと、そして神、アモンさんが佇んでいた。
いやあ、助かった。本当にどうしようかと思ってたんだ。
気持ち的に本当に助かったよ、クソ野郎さん、かなり無茶言われたから。
そんな僕の横では行き場を無くした剣先をブラブラさせてる薫子さんがいた。
まあ、空気読めないクソ野郎さんのする事だもの、仕方ないよ、次頑張れ、薫子さん。って、心の底でそっと呟く僕だったよ。