第139話【北海道ダンジョン温泉慕情 出発編②】
今度は雪華さんが言い返す番だった、
「見ませんから、これならどんなにデタラメな身体能力でじゃんけんの手を出されても、全く無意味ですから」
「確認する筈の視覚を捨てただと………」
驚愕の真希さんだよ。そして、まるで捨て身の様の、あらかじめこうなる事を予想していたかの様な一撃を放った、みたいになってる雪華さんだよ。
いや、でも、それって、雪華さんにも見えてない訳で、こう言ってっはなんだけど、真希さんが「私の勝ち」って言ったら終わっちゃうからね、エクスマキナも予想はするけど結果はどうだろうってところもあるから、そのまま強行すれば真希さんに部があるよに見えるけど………。
「く、その手があったべさ………」
と真に受けてる真希さんがいた。
「さあ、真希さん、決着をつけましょう!」
ピキーン!って音を立てるかの様に両者の空間は緊張する、つまり固まる。
もう、先に動いた方が負け、みたいな空気に固まっていた。でも、ちょっと動いてたから、牛乳じゃなくて生クリーム入れたフルーチェくらいに硬さかな。
つまりは、絶対に負けられない戦いがここにはあるって事らしいんだ。
真希さんも雪華さんも、お互い、じゃんけんの振りかぶったポーズのまま、銅像かよ、ってくらい動かなくなってしまっている。
あるのは互いに合わせた息遣い。
「本当に、真希さんと雪華は仲がいい、もうこの2人に割って入れる人間はいないくらいだ」
と微笑ましく薫子さんは言うんだけど、そお? って思ってしまう。いや仲はいいだろうけど、今の行動に対してはどうだろうって、そう思っちゃった。
それにしても、雪華さんて、本当に立派になったよね、少なくとも僕には真希さんと同等以上に渡り合ってる様に見えるよ。素でバカな事言う上司に食ってかかってる有能な部下に見えるよ。
それにしても、彼女達も本当に今日、温泉に行きたかったんだね、って思うけど、完全に固定、固着、微動だにしなくなってしまった、2人きりの世界に入ってしまった真希さんと雪華さんは、このままでいいや、って思って出発する事にした。
いや、だって結構遠いし、時間だって限られてるからね。
それにしても意外なのは、蒼さんで、僕がこのダンジョンに入る以前からの深階層常連なのに、温泉好きの蒼さんが、この温泉の存在を知らなかった事だよ。
「蒼さんも初めて行くの?」
って聞いたら、いつの間にか来ていた椎名さんが、
「主人様の配下となるまで、主人さまに守られての、この様なゆるりとした楽し気なダンジョンではありませんでしたから」
と言われて、
「あ、椎名さんも?」
って一緒に?って意味で尋ねたら、さも当然と言う感じで微笑みを持って返されてしまう。そして椎名さんの答えてくれた言葉に、確かに思うところはあったんだよね。
かつての黒の猟団なら、そうかもしれない。僕が何知ってるって訳でもないけど、秋の木葉になってよかったなあ、こうしてダンジョンを一緒に楽しむ事が出来るってことは、思えるってことは、組織改編が齎した大きな事実かもしれない。特に僕がなにをしたわけではないけどね、それでもいい変化だって思うよ。
それはともかく、今いる人数をざっと見渡して気がつくんだけど、結構な大所帯になったなあ。
一応は、エレベーターとかも使って深階層の温泉の位置近くというか、そこに続く道には行けるらしいんだけど、そこから結構長くて、例のセオリーとかも満ち満ちてるらしいからって思って、ざっと見てみる僕だけど、春夏さんや葉山、蒼さんとか、これだけの戦力があれば問題はないよね、椎名さんも来てくれたし、魔法スキルの方もバッチリだよね。
HDCU(北海道ダンジョン商取引組合)の2人は全く戦う気とかなさそうだけど、持ってる荷物が気にはなる、ボストンバックとキャリーケースとか持ってる。
で、クロスクロスの3人も、一応、新人さんの2名は深階層には行けるけど、八瀬さんも含めて戦力外って考えた方がいいかもだね。武器とかも装備してないしね。
蒼さんと葉山と僕、そして春夏さんがいるからなんとかなるか。
じゃあ、出発しようかな、って思って声をかけようとすると、
「でもよかったな、今回は女子だけでの温泉で」
とか、薫子さんが葉山に話しかけてる。
「うん、そうだね、割とリラックスできそうだね、異性もいないし」
って葉山が答えて、その後ろでは、椎名さんが微笑んで、蒼さんもうなづいてた。
いや、僕も、男なんだけどな、なんだろう、この人達、本当に、極々、僕が異性ってことを忘れる傾向にあるんだよなあ、家では偶に、葉山はもちろん薫子さんですら下着姿で人前に平気で立つ事あるし、蒼さんなんて、偶に僕が気がついてないって思って、僕の部屋で深夜下着とか変えてる時があるし、普通に着替えてるし、ほんと、なんだろうなあ………。
まあ、家族みたいなもんか、って思って、ここで改めて気がついた。
あれ? 男子、僕だけ?
一瞬過った、どこか腑に落ちない疑問を払拭する様に、首を振る。
「ねえ、真壁、先頭歩いてよ、ちゃんと隊を組むから、薫子、後ろ行って、私も下がるから!」
って、指示を出されて、「ああ、うん」って従うものの。
なんかなあ、ちょっとなあ。
おかしいよね?
って想いが口に出せない僕の手を引くのは妹で、
「兄、約束守ってくれてありがとう、一緒に温泉楽しみだ」
って輝く様な笑顔で言われるから、まあいいか、って、でも、なんだろうなあ。
まあ、いいか。