閑話9−6【真壁秋ハーレム化に関しての傾向と対策】
静まり返ろうとしている会場に、長尾の言葉が走る。
「それは事実なのか?」
壇上の上から、その会場の隅にも近いところにいる田丸に尋ねる。
「本来は、ここで公言する訳にはいかない事実ですが、真実です、私はギルドの構成員として、度重なる事件は全てこの目で見てきました」
再び会場にはザワザワと言った波紋が広がる。
「しかし、最近、奴は簡単に負けていると聞く、不意打ちならば………」
食い下がる佐久間に、田丸は即答する。
「あれは、木刀での立会いです、真壁秋は一定の武器を装備しないとあの凶悪な強さを発揮しないと言う事実もそこで知れました」
「なら、可能性はあるだろ?」
確かにそれなら真壁秋には勝てそうだ、と佐久間は思った。しかし、田丸は言った。
「あの時、彼は、姫様………じゃなかった、喜耒薫子、葉山静流、など身内の中で完全に安全が守られての上での果たし合いです、相手に確然として殺意があれば、結果は変わっていたでしょう、確かあの時はイネスちゃんだったわね、その彼女は近くに行く事も許さなかったでしょう」
佐久間には田丸の言っている意味がわからなかった。
「どう言う事だ?」
「つまりは、真壁秋の周りの人間、あなた達が言うところの美少女を含む真壁秋の仲間は彼が不要に傷つくようなことは好まないと言うことです」
「俺が真壁秋を害する様な真似をすれば、彼女達が敵に回ると言うことか」
流石にこの事実に佐久間は言葉を失う。
しかし田丸の言葉はそれでは終わらない。
「いえ、その前に、恐らくはたどり着くことすらできない筈です」
と言う。
続けて田丸は、いたって普通に語る。
「真壁秋の周りには、その直径にして10Km圏内に、彼の専属にして従属する暗殺部隊とも言える私兵が配置されています、その戦力は、現在戦地にて戦闘を継続している外人部隊の一個師団に相当するとも言われています」
流石に、これには言葉を失う佐久間だった。
静まり返る会場に、まるで水を打った様な、これだけの人間がいるにも関わらず、息をする気配すらなくなってしまった会場の雰囲気を、なんとか変えないと、と焦るのは議長の役として講壇に立つ長尾だった。
が、しかし、あまりの事実の前に言葉が出ないでいる。
元はと言えば、吹き出す生徒達の不満を解消するために行った会議である。長尾自身も最初からやる気でもなかった、しかし一定数の生徒が形のある不満や疑問を持っている以上、解消しなければと止むに止まれぬ事情が、長尾をここまで押してきていた。
もちろん二肩の協力も大きい。彼自身も、この件に関しては、皆の考えすぎなのではと思うところもあったのだ。
しかし、実際に蓋を開けてみるとどうだ? 佐久間の様に明らかな敵意を向ける強い意見も存在して、まさに一触即発の様相だ。それどころか、明らかない強制執行の準備を始めている始末だ。
何より、単なる一生徒、一ダンジョンウォーカーだと高をくくっていた真壁秋の存在も、ここに開示された内容だけでも、もはやこれは警察事案なのではと長尾は思ってしまう。もちろん、真壁秋は何ら犯罪を犯している訳ではないので、警察の出番は無い。
いくら何でもこれは無理だ、いや、そう簡単に無理と決めつけるのは良くない。とは思うものの、流石に真壁秋に対抗する為の処置がまるで見当たらない。
行き詰まる長尾は、大きく深呼吸した。
思考停止、その焦りから、脳に酸素を供給する行動は、元はと言えば二肩が行っていた事で、確かにそれは有用だな、と思う長尾が真似をしているのだ。
だから、この行動を取るとき、二肩は悟のだ、長尾が行き詰まっているということを、確実に知ることができるのである。
そこに二肩が、声を掛けた。
柔らかく、優しい温かな声でこう言った。
「会長、平和にですよ」
と一言、固まり凍てついた様な、息をする事も忘れてしまった、そんな長尾を溶かす様な一言によって、自分がまるで置物の様になっていた事に気がつき、彼は再び体温を思い出す。
長尾の行き詰まっていた思考は、一箇所の穴から外に放出される。
ああ、そうだ、何も敵対するばかりが手段では無い、我々は言葉のある人間で、話す機会だって設けられる筈だ。
そうだ、平和にだ。
争いする事に、まるで佐久間の意見に連れて行かれたみたいになってしまっていた。
そんな長尾の意識は行き詰まる様に誘導されて、さらに、新たなその方向に思考は逃がされたのかもしれない。無論それは長尾本人は気づくはずもなかった。
ここでの情報操作、思考操作は一高校生に悟られる様なそんな甘い技術としてはおこなわられてはいない。だから、この話し合い自体が仕組まれていることに気がつくものなど誰もいなかった。
逃がされ誘導される長尾はあらかじめ用意されていた結論にたどり着く。