第3話【春夏ときて僕は秋】
いや、だからドキドキしているって思ってた。
でもなんか違うんだよなあ。
これは恋???って、そんなモノじゃない。もっと本能? いや生命の根源からくるような? 心臓の痛み。でも決して恐怖とかじゃない。何かを揺れ動かされる、心が全体を揺らされている、そんな気分だ。
同時に、この時、僕の心境はとてもフラットだった。どうしてか、そんな心になってる。いや彼女を見た瞬間にそうなってしまったかのように、特に何も思うことはなかった。まして自分の記憶をたどろうなんて無駄な事もしてはならないって、どうしてかそう思ったんだ。
でも、それらの思考や疑念を放棄すると、快楽に近い、安心感が降ってくる。
不思議。ただ安心する。すごくホッとしている自分を確実に感じていたんだ。
じゃあ、もう、いいじゃん。って思うんだ。
そんな端にも乗らない思考は、次の春夏さんの、僕を見つめる優しい視線に粉々にされる。
もう、このことは考えなくていいって、そう思える。不安も疑念も戸惑いも全部委ねてしまえって、そこに立ちこむ意識がそれに吸い込まれて行く感覚。だから僕はもう考えない。安心していたんだ。
だから僕の意識は春夏さんの表面に向く。
彼女は、綺麗であると同時にカッコいい女の子だった。
その身を包むのがさ、僕みたいな学校指定ジャージじゃなくて、そのままテレビとかも出れそうな感じの姿で、丈の長いベンチウォーマーの前を開いて、隙間から見える上半身のジャージの下がスパッツに隠し切れない鍛えれれた筋肉とかも見えて取れて、もうそれだけでかっこいいって言うか、いかにも強そうな出で立ちだよ。
肩のあたりと、胸に、札幌の『札』の字と、多分、稲妻のマークがあるから、どこかのクラブチームの物なのかもしれない。
片手には、白木の木刀を携えてた。
絵になるなあ、って美人さんがさ、僕を見つめるその視線が強いのなんの。優しいんだよ。
でも強いの、目から優しさの光線を照射されてる気分だよ。だから顔が熱くなってきて怖くて目を合わせられない。
思わず視線を首ごと逸らして、泳ぎ続ける僕だったよ。
「あらあらあら」
って母さんが楽しそうに笑う。
その視線に負けてる自分がちょっと悔しくて、いや、情けなくて、その身長と綺麗さの前に圧倒され折れそうになる僕は、ここは踏ん張り所だぞ、って謎の脳裏からの声に従って、もう一回、春夏さんを直視しようと前を、若干斜め上を見る。
で、また圧倒されるんだよ。優しい視線にすごい圧力があるんだよ。基本身長さによる上から目線だし。
いや、僕だって、中学1年生、もうすぐ2年だけど、そんなに小さい方じゃ無いよ。だって、前に2人はいるからね。小学生の時はブッチギリのトップだったけど、中学校には僕より小さい人がいた。でも大きい人も倍くらいはいた。
もちろん、そんな小さいプライドなんて、ここではなんの役にも立たない。
僕の知らない穏やかな笑顔。
だからなのかな? だから、僕の心には、どうしてかたまらないくらいの喜びが満ちてくるんだ。
本当に、油断すると、『結婚して!』言いだしそう。きっと僕の知らない昔はそれ言ってたかもしれない。
でも、ここに来て思うのは、僕は彼女を知らないという紛れもない事実。
でも、その視線は知ってる気がした。
まるで上から横から下から包むような優しい意識。
もっと近い距離でその体も顔も、確かに懐かしい気がしてる。
ずっと足りなかった物が、なくなっていた物が、不意に姿を見せてくれた感じ。
これは僕の知らない感覚だった。
この人は、母曰く、僕の幼なじみ。
だからこれは覚えていない僕にとって再会になる邂逅。
自覚はないけど、それは確実に運命の出会いのはずなんだ。
そんな緊張を癒すような春夏さんの視線。
だからかな、それにつられるように、僕の顔も自然に笑顔になった。
おかしいけど、嬉しいんだよ。
自分で変なの、って思うけどね。でも、ゆるくなる感覚は本物だから、安心しちゃえ、って思ったよ。
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