第95話【僕らの目的】
思わず口をついてでてしまう、僕の言葉に、ティアマトさんはすぐに言葉を返して、
「おや、なんだい? あたしの身を案じてくれるのかい?」
穏やかな事でもないのに、自分が言った自分の死の事なのに、なんかとても嬉しそうなティアマトさんだよ。
「いや、だって、死ぬとか言われると流石に………」
僕は言った。
お願いとかの重みも変わって来てしまうよね。
すると、ティアマトさんは、また暴風みたいなため息を吐いて、
「同情を誘うつもりもないけどね、それに、今のあたしは、死んでいるのと対して変わりゃしないだろ?」
と、自分自身を哀れむみたいに言った。
そして、今までその地と言うか床に寝ていた翼を大きく広げる。
その動作で巻き起こる風で、また僕らは吹き飛ぶそうになった。
なんとか踏ん張って、ティアマトさんを見てるんだけど、ティアマトさんもまた、自分自身の翼を見つめて、こう言った。
「ご覧よ、この翼すら、あたしは広げる事が出来ないんだよ」
確かに、翼の端がこの広い部屋のあちこちに当たってしまっていて、ティアマトさんにとって、この広い部屋すら大きいなんて言えなかった。
気持ち的に言うなら押入れに入ってる羽の大きな人って感じかな。そのくらい狭い。
この部屋にずっと入ってるなんてちょっと可愛そうって思った。
そんな時、いやそう思ったからだろうか、僕、ふと春夏さんを見たんだよね。
すると、彼女、なんか悲しそう、でも、とても優しい目でティアマトさんを見つめてるんだよ。
いや、春夏さんって優しいけど、僕を見る目も相当に慈悲深くて優しいけど、なんかそう言うのとはまた違う種類っていうのかな、その視線に乗せてる物の感情そのものが違うって言うか、うーん、よくわからないけど、春夏さんがこう言う気持ちになってるならいいか、って思う。
多分、ティアマトさんは、僕にとっては、味方な人なんだろうなってのはわかるんだ。いや、こうして話しているから相当に友好的なモンスターなんだろうけど、リリスさんやキリカさん、まして、フアナさんとはまた違う存在なんだろうなあ、って気がするんだ。
それにさ、このティアマトさん、ビジュアル的には相当恐ろしい姿をしてるんだよ。
大きいし、ツノとか数えられるだけで、8本くらいあるし、話す口には牙あるし、漆黒だし。でもなんだろう、その怖さよりも、滲み出る人の良さと言うかドラゴンだけど人格見たいなものが、まるで恐怖とかを感じさせない。
なんて言うかな、柔らかいんだ。
いや、そのフニャッとしてるって訳じゃなくて、硬さと言うか、凄く鋭い感覚的な物は感じるんだけど角が無いって言うか、一言でじゃ言えないくらいの複雑さと厚みがあるのだけど、それが人を遠ざけてないって言うか、本当にそんな感じ。
ちなみに七竈さんは初見らしいけど、全く怖がってない。一緒に入って来た鮫島さんとかですらも、あのゾンビ事件の時に見せていたビビってる感じがないもの。僕の知る限り、多分、深階層で一番のビビりな鮫島さんがビビってないって所を見ると、多分、きっと安全なドラゴンなんだと思う。
角田さんの言うところのフアナさんやリリスさんに近いってのは確かにわかる。
そんな錯綜する僕をジッと見つめる大きな目。
「そうだ、秋、あたしに用事があるんじゃないのかい?」
よく響く大きくなってしまう声は、それでも僕らを萎縮させない様な気遣いを感じさせた。
ああ、そうだ、ティアマトさんの言う通り目的を忘れてた。