第94話【ご老公の願い】
僕は、いや僕らはティアマトさんと、いろいろと話し込んでいた。っというかこの巨大竜、勝手に色々しゃべる。本当に、数年ぶりに田舎に帰って迎えられた孫みたいな気分で話を聞いている。
きっと、僕だけではなくて、みんなそんな感じ。
その中で、ティアマトさんの希望というか、冗談とも思えない、そんな言葉を吐露したんだよ。
つまり、それはどういう事?
僕は巨竜、ティアマトさんから言われた事が、ちょっとわからなかった。だから、念を押すみたいにティアマトさんは僕に言うんだ。
「秋、私はちょっと、その辺を飛び回りたいのさ」
ん、わかる。ドラゴンだもん、翼もあるし、全部で6枚、そりゃあ立派な翼だもん、そりゃあ飛びたいよね。
「つまり、この世界の上空を飛び回りたいとおっしゃっているのですか?」
今度は葉山が尋ねた。
「おや、お嬢ちゃん、元気になってよかったね」
と本当に近所のおばあさんかよ、って気さくさで葉山にも声をかける。つまりは葉山の複雑な事情を知っているという事なんだな。
そして、表情も変えず、というか竜に表情があるかどうかはわからないけど、話しかけてくるその口も、顔もとてつもなく大きい。本当に良くこのダンジョンに入ったなって感じ。多分、顔だけでも普通の住宅よりもまだ大きいもの。
「おかげさまで」
と葉山は返事する。ちゃんとお辞儀してるからこの辺はティアマトさんを敬ってるって事だね、その辺の事情は知ってるんだな、葉山。
「そういえば、秋、あんた、全部忘れてるんだってね」
とまた僕に話を戻す。
「ええ、そうなんですよ、なんか事情があって、手順とかタイミングみたいのを待たないといけないらしいんです」
僕からその言葉を聞いたティアマトさんは、まるで鉱物か何かのように身を固める。いや、押し黙ってっていう感じではなくて、本当に岩か山の様に固まったんだよ。まるでティアマトさんの時間が止まってる見たいな感じで。
その様子というか雰囲気みたいなものがフッと説かれて、
「そうか、大変だね」
って言った。もちろん僕にはその辺の事情とかよくわからないからさ、「ええ、まあ」って曖昧な返事をするに止まる。
その大きな目は僕以外に、もう一人、春夏さんをジッと見つめていた。
そんな春夏さんもティアマトさんをジッと見つめている。
何か互いに思うことでもあるのだろうか? 事情は知らないけど、ちょっとあの時、ほら、あの狸小路の前で春夏さんのお母さんに会った時の事を思い出した。
なんかその辺に今の感じが似ているんだ。
「ちょっと待ってよ、それって、このティアマトがこのダンジョンを出たいって言ってるような物じゃないの?」
と椿さんが言う。
あ、そうか、そうだね、この街の空を飛び回るっていうのはつまり札幌上空を指しているって事だね。
「え?」
って思わず口に出ちゃった。
つまり、この巨竜さん、ここから外に出たいって言ってるんだ。
当たり前のことだけど、さっきから何も変わらない事実だけど、そう言ってるんだ。
これってちょっとまずいんじゃないだろうか?
にわかに表情が曇ってしまう僕に、
「まあ、そうだろうさ、いいんだよ、お前が何を言いたいのかわかってる」
ってティアマトさんは言うんだ。
ちょっとホッとする僕。