第62話【和風で和装で雅なサムライ】
さっきからそんな僕に春夏さんはウエットティッシュとか出してくれるんだけ、どうせすぐに同じ状態になるからね、今はまだいいよ、って遠慮している僕だった。
多くの人間がそうである様に、きっと僕は生魚とか食べるのは問題ないけど、調理とか捌いたりとかは出来るなら人に任せておきたい人間なんだなって、それだけは自覚できたよ。
早くどっか行って洗いたいよ。
乾いたら平気かな、って思ってたけど、魚濃度が濃くなってベタベタするし。
若干、テンションがダダ下がりの僕なんだけど、もう良いや、鮭はお母さんにお金もらって、どっかで買おうなんて、思い始めた、そんな矢先に、歓声は湧き上がったんだ。
どうやら部屋の中央に、というか一瞬見えた銀鱗の向かった場所に、人が集まってるみたいで、なんだろう?
僕は、なんとなくだけど、人が輪になりつつある、その中心を見たんだ。
で、人の輪みたいになってるから、よく見えないから近づいてみたんだ。
人混みをかき分けて、その輪を抜け出すとそこには、その中心に、まるで舞を踊るかの様な一人の女性、いやここ、ダンジョンだから女子だよね、でもかなり大人っぽいそういう雰囲気だ。和装だからかな?。
着流し? って言うのかな、ともかく和風の出立をした、長身に女性が、舞を踊るかの様に、大きなスカイフィッシュに挑んでいた。
その手には、細く反りのある美しい日本刀が握られていた。
綺麗に流れる、彼女に似合う刀が、円を描くたびに次々とスカイフィッシュを切り裂く。
見ていて何が凄いかって言うと、流れる様に止まる事をしないその刀が切り裂くスカイフィッシュがさ、綺麗に3枚に下ろされて行くんだよ。
今、アジが開きになって、内臓は、下に用意してあるポリバケツ(袋入り)に落下するというか捨てられる。これが全部、一連の動作で完結して行く。
もう、下準備とかいらないくらい。
あのまま、お刺身にも、焼いても、煮付けても干しても良いくらいの大きさに斬って行くんだ。
で、切られたスカイフィッシュは、きっと彼女の仲間なのかな? 何人かの人によって、中空で受け止められて、次々と個別にパックに入れられて行く。ジプロックされて行く。その速度も手際も早いし無駄がなくて、もうスキルなんじゃ無いかなって思うくらいの手際だよ。
あ、かなり丸々太った銀シャケ、トキシラズってが上空から彼女に迫る。
これはちょっと避けられないかなあ……。
って思いつつも、多分、衝撃的には、大きいとは言え、鮮魚がベチって当たるくらいの衝撃だから、ちょっと生臭くなるくらいかなあ、って思ってたら、いつの間にか、その着流しな人と、トキシラズの攻撃線の間に、うちの春夏さんが入ってた。
で、春夏さんって木刀だから、その切っ先をトキシラズの凛々しい顔の前にちょこんと当てて、軌道をずらして、彼女を守る。
カバーに入った感じ。思わず出ちゃったってそんな春夏さん。
そしてカバーに入られた彼女も、一瞬、自分の死角に現れた春夏さんの姿を確認して、驚いた顔をするんだけど、すぐに笑顔になって「春夏姉さん!」って短く言葉を発するんだ。
春夏さんが姉?? いや、見た目に彼女の方が春夏さんより年上に見えるけどなあ、でも女子の年齢ってわからないからなあ、って思ってこの話題には触れないでおこうって決める僕。女子に年齢の話って微妙じゃない。
「ごめんなさい、つい……」
って言う春夏さんに、
「いえ、御助力、感謝いたします」
って言って、再び、返って襲いかかって来るトキシラズを真っ二つの二枚に難なく捌く。
その美しい刀の動き、そして体の動きに、僕ばかりではなく、周りからも歓声が上がるんだ。
綺麗に二枚に別れた銀鮭、それを手に取ると、その半身を春夏さんに渡すんだ。
その頃には僕も彼女達の方にいて、春夏さんが、もらったトキシラズを持って喜んでこっちに来る。
で、僕に向かって、その和装な女子は、綺麗にお辞儀をする。
本当に一つ一つの所作の美しい人だなあ、って、感心してしまう。
和風で和装で雅ってる感じだよ。