閑話8【北海道ダンジョンからメリークリスマス⑦】
そしてまるでトレースする様に、蒼は逆動作で同じ斬撃を繰り出した。
衝突の音は二つ。
一瞬の接点を迎え、そして蒼と赤は再び距離を離した。
互いに背を向け、そして蒼は振り向き、赤き魔人を見る。
赤き魔人もまた蒼を見ていた。
そして、叫ぶ様に、
「貴様は一体何者だ!」
と尋ねるも、次の瞬間、赤き魔人の姿は、恋人距離に縮まっている。
早い。
蒼は反応できなかった。
これが本気の速度かと思った瞬間にはすでに蒼の頭の上にはその大きな手が置かれていた。
蒼は知らなかった。もとよりこの魔人の本気の速度に、人が、またいかに手練れのダンジョンウォーカーでも及ぶ筈もないのだ。
彼は決して人では無い。
ましてや魔人でも無い。
世界を、人類を、人の求める宗教すら超越した存在。
彼はほぼ1日でこの数多の国のある全ての世界を周り、たった1人で子供達一人一人に幸せを届けるという仕事を有史以来いや、もしかしららそれ以前から行う人類史上例を見ないタフな存在。
もとより敵うはずも無く、まして倒せる道理などない、まさに絶対の存在であり、その能力は、小さい子供が思い描く憧れ、もしくは万能の神にの近い存在なのだ。
未だ未成年と言う、子供の枠にいる蒼に倒せる道理はないのである。
「しまった!」
と声を発するものの、
優しく、愛おしむ様に頭を撫でられると、蒼の意識は簡単に眠りに落ちてしまう。
薄れ行く意思中で、蒼はなぜかさえずりのようなベルの音を聞いか気がした。そして、最後の意識を振り絞って、
「貴様は一体? 何者なのだ?」
そこで蒼の意識は沈んで行く。混濁してゆく意識の中で最後に聞いたのは「メリークリスマス、サンタからのプレゼントだ」
と言う言葉。
しかしその言葉を聞く前に、蒼の思考は、「これが寝落ちというものか………、お屋形様のお側でなくては眠ることなど………」
とスヤスヤと寝息を立て始めていた。
最後の1人、大槻蒼が眠りにつくのを見て、赤い魔人はそれはそれは幸せそうに笑って言った。
「メリークリスマス、北海道ダンジョンの良い子達、みんなの幸せをずーっと祈らせておくれ、そして他のみんなもここを覗いてくれた子供達もメリークリスマス! 楽しく愉快で良いクリスマスを」
豊かな、誰もが幸せになりそうな笑い声が数秒響いて、赤き魔人は北海道ダンジョンから姿を消した。
そう、彼は忙しいのだ。
これからももっともっと多くの子どもたちに幸せを届けるために世界中を飛び回るのだから。
ちなみにここは割と子供が固まっているから周り易かったと彼は後に語っているとかいないとか。
ともかく、メリークリスマス。
祝福と子供たちの願いを叶えて、優しい笑い声を残して、彼は次の場所へ、幸せを待つ子供達のもとへ向かっていったのである。
<エピローグ>
真壁家の家の前で、大槻蒼が、偽分身の2人に自慢の必殺技を披露していた。
「すげえ、蒼様、今の技は、大槻のものではありませんよね?」
と藍が問うと、
「ふふん、今のはな、これはお館様の太刀筋、教えてくれた夢の魔人の名を取って、赤き魔人のメリークリスマス斬!と命名しようと思うのだ」
そう自慢げに言う顔は蒼にしては珍しくドヤ顔だった。
「なんかサンタクロース神みたいな名前ですね」
と紺が言うと、
「なんだ? それは強いのか?」
「いえ、私も先輩に聞いた話ですが、何でも世界中を一夜で回ってしまう健脚な神様らしいですよ」
「韋駄天なのかな?」
藍にはイメージがつかない様で、なんとなく呟いた。
すると、蒼はしばらく考えて、
「強そうだな」
続いて、
「そうですね」
と藍が言うと、
「きっと強いっす」
と紺も続いた。
でも、
「しかし、絶対にお屋形様の方が強いよな」
と蒼が言うと、
「そんなの決まってるじゃないですかお屋形様です、断然お屋形様です」
と2人も続いた。
彼女達秋の木葉の中では真壁秋は絶対だった。他の追従など許す事はない。
そんな彼女達は皆、知らない間に苦無が一本づつ増えていたと言う。
その他のギルド、及びクロスクロスの人間は、買った覚えのないノートやら、今時鉛筆がいつの間にか紛れ込んでいたらしい。
つまり、ダンジョンウォーカーは皆いい子と言うことになる。
赤き魔人は過ぎ去って、同時に新しい年が近づいて来た。
そんな北海道ダンジョンはモンスターは出るけど、宝箱の罠にハマるけど、けが人も出るけど、苦戦した新人ダンジョンウォーカーは泣きながら帰って行けど、平常運行。
それはそれでダンジョンは、今日も平和だった。