閑話8【北海道ダンジョンからメリークリスマス④】
同じく生活を共にする葉山静流、喜耒薫子両名からは何度も注意を受けるも、睡眠とは、これは人の本能であり、正しく人の生理的欲求なのだから仕方ないのであることを蒼は深く自覚し、結論から言うと止める気は皆無である。
そう考えると、
「お屋形様は安眠抱き枕でもあるな」
と、そっと微笑んでしまう蒼であった。
その為だろうか、健康状態も良く、体調も好調で、今までに無いくらいの体のキレもある。
同じ組織で、自身を真壁秋の愛人と自称する椎名芽楼に言わせると、どうやらお屋形様には健康を促進する何かがあると言う話らしい。
だから機会があれば、お屋形様の布団、もしくは枕などを手に入れていただけないかと相談を持ちかけられているが、その辺については快諾できない蒼でもあった。何よりお屋形様の布団や枕がなくなると自分も快眠できないのでは無いかと思いに至るのである。
そう考えると、
「まるでお屋形様は、サプリメントの様でもあるな」
と微笑みを隠せない蒼であった。
その様な考え、思いをつぐみ出すと、張り詰めていた緊張が硬くなっていた体が解きほぐされて行くのを感じる。
お屋形様は、この様な時でも、ここに居ずとも蒼の心を解きほぐしてくださる。
そして蒼は思う。
まさに自分にとって、お屋形様は温泉の様なお人だ、と。
硬く冷たくなった自分の心を解きほぐしてもらえる。
かつて、蒼はその里にいる時にも宗家の娘として常にトップをひた走っていた。
戦闘力も、その存在すら他の追従を許すわけにいかなかった。
だから、ホッとしたのだ。
真壁秋に敗れたあの瞬間、自分の体に刃を受けた瞬間、永遠の安息、つまり終わりを意識していたのだ。
ああ、これでもう眠れる。
短い人生だったが、もうやれることは全部やった、くらいには思って居た蒼であった。
そう考えていた。
決して蒼は死にたがりと言うわけでなは。
しかし、あの時、あの場において、家を出奔してこのダンジョンに来て、未だ誰にも見せない稀有なスキルを発現している蒼にとって、ある種の行き止まりを感じていたのだ。
あの時点で、北海道ダンジョンで蒼を脅かす敵は、今は仲良く真壁家にて暮らす、かつては『爆流の刃』と恐れられ、第二の『殲滅の凶歌』とまで呼ばれた葉山静流のみ、頂点はもう見えていた。そして同時に行き詰まりも感じていたのもまた事実であった。
煮凝りの様な生臭い硬直、そして温みと臭みに全身を囚われていた、心にも何か得体のしれない恐怖に以上の行方の知れない欲求に満たされていたあのただ膨れ上がって行く欲望にも似た強さへの葛藤、いや、破滅への衝動に駆られていたと言ってもいい蒼を新しい世界に導いたお屋形様。
死を意識した瞬間に助けれれたこの思い。
今は紅く色づく落ち葉の一枚になって、生涯尽くすと心に決め、蒼の祖母であり、現在はご隠居になっている褐に報告したところ、実家、現当主(母)からは『お嫁さんになるの?』『東雲のご次女の御令息ならいい縁談ね』とか言われてその後、どんどん話が進んでいるのでそれ以降、怖くて実家に対して真壁秋という人物についての話題は触れない様にしている。だから今はどんな話になっているのか怖くて聞けない蒼でもあった。
それはともかく、今はこの赤い魔人だ。
この北海道ダンジョンの深階層ですら何処へにも行ける実力を持った蒼ではある。
そして秋の木葉の調査を兼ねて全ての汎用なモンスターはこの手に掛けてきた。
だから、この対峙、そして出会い、邂逅はまさに蒼にとっては予想だにしなかった出来事で合った。
本能的に蒼は悟っている。
倒せないかも知れない、ではなく、勝てないと言う意識が芽生え始めている。
蒼と、赤い魔人。
ジッと2人は見つめあっていた。
そして蒼はこの静かな対立に際し、この赤き魔人との出会いからをトレースする様に思い出していた。
現在、真壁秋の為の私兵であるところの親衛隊とも言える秋の木葉は、ギルドと提携を結んでいた。
もちろん、それは真壁秋の為の行為であり、それ以外の何物でもない。
真壁秋を絶対君主と崇める彼らにとっての覆る事の無い行動倫理であり理由なのだ。
そんな訳で、本日もギルドの依頼でダンジョン内の深夜の警戒に当たっていた。
そしてこの魔人は現れたのだ。
例年、年の暮れにも近いこの日は特に昼とも夜ともダンジョンウォーカーは多くなる傾向にある。




