閑話8【北海道ダンジョンからメリークリスマス③】
なんらかの商業的な意味合いを持つ服装なのだろう、多くはプラカード等を持って、大型商業施設の前に立ち何やら軽快な音楽も奏でていた。
そして特に道ゆく人もそんな姿にさして驚いてもいなかった。
つまり、この時期には珍しくもないコスプレ的な姿であり、そんな街の風景に混じって、ここ北海道ダンジョンへと入ってきたのかと推測される。
錯綜する蒼ではあるが、問題なのは、その姿形ではなく中身なのだ。
真っ赤で白髪白髭だからと言って中身がふざけているわけもないのだ。
お屋形様を思い出せばそれは理にかなったある種の偽装であり、対峙する物を油断させる手段でもある。
つまり真壁秋の怠慢とも緩慢とも言える風格こそ、真の強者に許された姿であり、蒼自身の道半ばの半端な物には到底たどり着けない境地にして至高なのである。
蒼は思い出す。
自分の君主にして、このダンジョンにて最強、我が誉れ高き王、真壁秋のあの姿を。
あの言動を、そして決してフザてているわけもなく落ち着かない姿を。
殺意の微塵も無く、必殺の息吹も感じさせないあの姿を思い出す。
あれは誰もたどり着くことのできない到達点。
散歩する様に滅殺。
息をする様に必殺。
気を入れる事もなく、必死と言う姿も無い。
それでも同級生である葉山静流との対戦では必死にはなっていたが、あれはどちらかと言うと、彼女を傷つけない様にどうやって倒すかに必死だっただけで、その条件がなければ、あの反則までの刃の数を持ってもお屋形様の勝利は揺るぎないものと蒼は確信している。
お屋形様が行う日常に溶け込む暴殺の刃の前には強者も弱者も無く、ただ等しく敗者のみばばら撒かれる。
今まで考えもしかなかった。
思いつきもしなかった。
あのようなデタラメな力があるなんて、想像だにしなかった蒼であった。
かつて蒼は思っていた。
はるかに聳え立つ先の到達点。
でも、そこにたどり着くことはない。
ここで行き止まってしまった。
だから何も行えない。
押さえつけられる、上に上にと進もうとする心。
しかし環境はそれを塞いでしまう。これ以上は進んではいけないと自身に枷をして縛る。
しかし、そんな思いふたも、お館様は安々と開けてしまう。自分の中から取り除いてくれる。
蒼の自身が思い作った天井が、あの日、お館様によって、その頂点が簡単に突き破られた。
そして、手を引かれて自分の小さい思い、限界から連れ出されて新たな境地に向かう喜びに、同時に必要とされた喜びに震える。
だからだろうか、最近の蒼はよく眠れる。
かつては、その習慣や習性、何より性格などから睡眠の浅い蒼であったが、瀕死の重傷を負いつつもお屋形様を守る為にしがみついた結果、ギルドの保健室に搬送されそのまま寝入ってしまった経緯により、かつて経験した事がない程ぐっすりと眠れたのだ。それは深く安眠できたのである。たった数時間であろう睡眠であるが、満8時間くらい熟睡してバッチリ目が覚めたと言う感覚に、その爽やかな目覚めにただ驚く蒼であった。
以降、蒼は、『もう一回試してみよう』が、ほんの軽い好奇心が、幾度となく試みられ、結果その熟睡と言う快楽の為にすきあらば真壁秋のベッドにもぐりこみ、あまつさえしがみついて寝ているのである。
もちろん、蒼にとってのこの同衾は、お館様を守るための手段であり、また自身の健康の促進の為にも積極的に行られるべきことであると信念をもって行動している。