閑話8【北海道ダンジョンからメリークリスマス②】
正直、これには蒼も驚いていた。時として感情に走ってしまう自分すら諫める事がある紺がこの様な行動に出るとは思いもしなかったのだ。そしてこれほど必死な紺も初めて見た。
一瞬の接触だった。
紺はその全身を使って、赤い魔人から水島を退かそうと、距離を作ろうとするも、水島と紺が接触した最中、魔人は何かの言葉を呟いた。
その白い溢れるような眉毛に隠された青い目が正に笑顔の形に歪んでいたのは確認せきた。できたのだが、その後、ゆっくりと、まるで眠る様に2人は折り重なり倒れて行く。
魔人はそんな姿を見て笑う。
声を上げて笑う。
「ホッホホッホ」
その白い髭に隠された口からそんな笑い声だけが響いた。
「おのれ! よくも紺ちゃんを!」
「ダメだ、藍!」
次の瞬間、仲間を倒されたと冷静さを欠いていた藍もまた同じ様に最接近した後、頭に手を置かれて、そのまま意識を失い倒れて行った。
そして次の言葉は蒼の耳にも聞き取れる。
「フォッフォフォ、良い子はもう寝る時間です」
そう呟いたのだ。
昏倒? いや、かけられている行為は『睡眠』、このダンジョンの中では珍しくもない状態異常攻撃の一種だ。しかし、その異常に関しても秋の木葉である大槻の家のものにはそれなりの精神抵抗も可能だ、そしてそれを回避する方法もある。
しかし、今回はどれも役には立たなかった。何より藍は紺が倒された後に倒れている。
だから、それなりの精神抵抗もしたはずなのだ。
それが、彼女たちが持つ精神抵抗の術もなんの役にも立たないということの表れでもあった。つまり蒼にとってもそれは同じと言う意味でもある。
そして、ここに至って、蒼は改めて知った。
ここに倒れている全員は、皆この様に倒されたのだと。
だから蒼は心に刻み込むのだ、あの手のには、あの笑い声には警戒せねばなるまい。
これが、ダンジョンに偶々迷い込んでしまった一般人の出来ることでは無い。
間違いなく、人外。しかも相当な戦闘力を持った、ある種、このダンジョンに目的を持って外より侵入してきた正体不明の存在。
ともすると、今、この時点に新たに生まれたエルダー、いやハイエンシェント、それ以上の魔物なのかもしれない。
ならば今、この時点でそれに対抗するための効果的な手段は無い。
そして何より不気味な違和感、ある筈の無い現実、なぜなら蒼は可能性として探る。それはあくまで確率の問題であり、また派生的に見ると、この魔人はどこの種族にも属していないのはわかるのだ。
これは、目の前に立つ赤き魔人は北海道ダンジョンから派生したモンスターではない事を蒼はどこかで知ってた。
蒼は、その秋の木葉の立場上、このダンジョンに出現するモンスターは全て知り、その外観、特性、出現箇所、そして、持っているドロップアイテムに到るまで、その知識をギルド、そして真壁秋ファンクラブと共有している。何よりその知識は蒼の頭に刻みつけている。だから、蒼の記録には無い赤い魔人との邂逅に躊躇いがあったのも事実だった。
見た目に初老の様相を醸し出す、この魔人は決して未成年では無い。
前提条件としてこのダンジョンに成人は入れない。
簡単な推測をすると、どこかの国、または組織がこのダンジョンに介入する為に極秘に行なっている実験にでも巻き込まれてしまったか? いやそれにしてはこの姿はふざけている、とも蒼は思うと同時にこうも考える。
この姿、この服装は、ここに来るまで、幾人も見ている。