第56話【とんだクソ野郎だよ】
騒然する地下歩行空間。
歩みを止めた、本来、それぞれが目的を持つ人たちが、整然と停止し、体をこちらに向けはじめてる。
まるで、偶像を崇拝するように、僕に視線が注がれてゆく。
軽い恍惚感に、背中に乗って来る謎のプレッシャー。
この得体のしれない感覚に、僕はただ、そこに立ち尽くしていた。いつの間にか椅子から立ち上がって、彼らを見ていた。
すると、ちっさな人、僕を小突いた人が、
「座れ」
って言うんだ。
ただ唖然としてる僕は、そのまま綺麗な緑のローブのお姉さんに進められるがままストンとボックス席に腰を下ろす。
何をするつもりなんだろう? って様子を見ていると、
その人はいきなりテーブルの上に立って、周りを見渡し、こう言うんだ。
「俺は、『死と敗北を知らぬ、愚かなる王』、三柱の一柱、『慈愛と愚闇のアモン』に供する偉大なる愚王、その名において、貴様らの掴まれた心を解離つ……」
そして、大声で、
「だから、どっか行け!」
って叫んだ。
最後だけちょっとなにか違う感じたけど、その効果は絶大で、みんな、まるで夢から覚めるように、現実に戻ってきたかのように、それぞれが、それぞれの持つ目的の為に、歩き出し、地下歩行空間はいつも雑踏を思い出したように、いつもの、少し前までの光景になる。
凄い。
この人、人を意のままに操ることができるんだ……。
そして、ここで初めて助けてくれたんだって、気が付けた。
ちょっと、我が強いって言うか癖のある人だけど、いい人なのかもって、暴走仕掛けた僕を止めるために、ここにきてくれたんじゃないのか?なんて思っていると、自らを愚王って名乗るその人は、気を失ってるように突っ伏してる冴木さんを見て、ちょっとやらしい笑顔を浮かべて、
「惜しかったな、このお姉さん、お前のスキル程度じゃ意のままにはないみてーだぞ」
って物凄い胡散臭い笑顔で言われた。
このお姉さんというのは冴木さんの事をさすみたいだけど。
今、この人たち、僕にスキルって言った?
こんな状況でもなんだけど、僕は尋ねた。
「これ、僕がやったんですか? 僕に何かスキルってあるんですか?」
すると、その小さい人は言う。
「多分、俺と同じ形態だな、まあ、教えないけどな」
ん? なんて言ったこの人?
「俺がこれを使えるようになったのは深階層に入ってからだからなあ、お前も良い線行ってるけどな、まあ、後は自分で苦労しな」
って言ってから、この小さい人、自分のツレである緑の人に、「教えるなよ」って釘を刺していた。
「何か、僕が知る事であなたに不利益でもあるんですか?」
「いや、特にない」
「じゃあ、なんで?」
「あのな、俺がここまでこのスキル形態、つまりクラスとか職種とかを物にするまで、相当苦労したんだよ、それなのに、俺が教えたことによって楽チンでお前があっさりとモノにしてしまったら、俺が面白くないだろ? おいおい俺の苦労は? ってなるだろ、わかるよな、このくらいは、ちっさいけど中学生くらいなんだろお前は?、じゃあ理解しろよ」
小っさ、身長もだけど、人間も小っさ!
この人、小人だよ、しょうじんって書いて小人だよこの人。
僕はこの時、『クソ野郎』って言う言葉の似合う人間を初めて見た。
ズキズキするなあ、ってこのクソ野郎さんに小突かれた後頭部を触ると、腫れていて、しかも手に血がついてきた。
どんだけの力で叩いたんだよ、怪我してるじゃん、って怒りをあらわにしようとすると、ズキズキする怪我した部分を、緑色のメガネのお姉さんがそっと触って「キア」と呟く。
あ、これ、魔法の『導言』だ。しかも治癒系だ。
あっという間に痛みも怪我も消えて行く僕の後頭部だ。
以前にも誰かにこの魔法、かけられた気がする。何か覚えが得る。最近ってわけじゃない無いけど。
やっぱり回復系の魔法を持っている仲間って欲しいなあ。すごい便利だ。
「我が王は確かに排泄物的な愚かな『虫』にも近い思考形態の持ち主ですが、これでも精一杯手加減したつもりなのです、ご理解ください、そして、怪我と無礼については私が謝ります」
と言った。
僕を癒してくれた魔法を使ってくれた彼女。
こうして改めて見ると、相当に綺麗な人だ。
ってか、もう神々しいくらいの美しさ? ってのかな? ちょっと冷たい感じはするけど、そんな表現がしっくりくる、人間とかとはレベルの違う美しさを放ってるんだ。身長も高いしね。このクソ野郎さんの頭一つは大きいんじゃないかな?
って、呆けたように感心している僕なんだけど、そこに、今までの人通りの喧騒とは違う、新しい雑踏が来た。
あれ? またなにかやってしまったのかな?って思ってると、どうも様子がおかしい。
なにか集団がこっち向かって集合しはじめてる。ってか、それはどう見ても警察とか、警備な会社の人達で、ほとんどの人が僕らの方を指さして何か言ってる。
???? なんだ?ピンチか?
「おい、アモン、ひとまず逃げるぞ」
ってクソ野郎さんが言う。何やらやたらと焦ってる。
わかりやすく慌ててるんだ。