第54話【僕の剣(として取り扱ってる物)が……】
オンコの棒は、そのまま二つに折られて床に叩きつけられた。
一瞬、唖然とした。
そして僕は思った。
ああ、僕の剣 (として取り扱っていたもの)が…。
その時、僕は、まるで走馬灯の様に、この『オンコの棒』と繰り広げた数々の冒険を思い出す。
『地下狸小路』でコインたちと戦い、ギザ10に手も足も出なかったことや、そして偽札に叩かれた事、ドラゴンフライやドラゴンG (地を這う大型ドラゴンフライ亜種の僕らの呼称)に何度もたかられた事を思い出して、なんか、いい思い出ないや。
まだ2回くらいしか使っていないんだよね。
だから思いいれもなあ……
割と本気で失敗したなあ……
なんで短いヤツを買ったかなあ……
ここまで使えないとなあ……
買い直さないとなあ……
でもあるうちはもったいないしなあ……
もう少しくらいならこの短い『オンコの棒』でもいけるかなあ……
って今ひとつ買い換える意思もあったようなないような、馴染んでないから自分のモノって自覚も無いし。
だから僕の『オンコの棒』をへし折ってくれた君島に向かって、「貴様!」とか、「なんて事を!」なんて言うつもりが、色々な都合とか意思が統合されないまま思わず「あれ?」なんて間抜けな声を出してしまったよ。
まあ、780円だしね。
君島に折られる程度なら、この辺が寿命だったんだなあ、って思ってしまった。
オンコの木って硬いけど、やっぱり木の棒には違いないってことだね。
「君島くん、なんて事を!」
って冴木さんの方が怒ってくれた。
「だって、師範、このガキがちっとも話を聞くような態度じゃないから」
なんて言ってるけど、その通りだよね、僕、彼らの話なんて聞く気ないからね。
それでも冴木さんの怒りを見て、漸くここにきて『オンコの棒』をへし折られた事はなんかジワジワ腹立って来たけど。
でも冷静に、僕は怒る冴木さんと怒られる君島を見ているわけだけど、なんか変な感じがある。
これはかつて経験したアレだ。
この君島に初めて出会った時、あの邪魔された時の感覚だ。
まただ。
またあの感覚が来た。
こいつら、僕の持ち物を壊したんだ。
そして今日も、僕から春夏さんを奪おうとしている。
そう自覚した時、あの時の赤黒い感情が、僕の奥底から噴き上げて来た。
怒りでもない、まして自身の正義っていうのもない。
でも、その噴き出る感情が教えてくれるのは、ただひたすら、『領地』を侵す者に対しての『暴力』の執行を行う為の『力』があるって事をだ。
あの時、僕は春夏さんの顔を見て、この衝動を抑えることができた。
なんか、いけない事をしているみたいに思ったからだ。驚いた顔、それから春夏さんの少し戸惑いながらも、悲しそうな顔を思い出した。
でも今日は春夏さんはいない。だから、もう遠慮もいらない。
僕を諌める為のあの厄介な賢者もいない。
ん? 賢者って誰の事だ?
自分の思い付いた言葉に疑問を持ってしまう。
僕の変化にいち早く気がついたのは、冴木さんで、本当にヤバイものを見た顔をしていた。
「真壁くん、どうしたの?」
って声を出せたのは流石に婦警さんで、それなりの『強さ』を持っている人だって思う。
まあ、僕には通用しないけどね。他の3人なんて完全に怯えている。特に君島なんて、あの時の事がトラウマみたいになっているようで、他の2人よりも怯え方が激しい。
それを見ていて思ったね。
なんだ、こんなやつら簡単じゃないか、って。
ほら、冴木さんも抵抗しきれないで、胸元を抑えて苦しそうな表情を見せ始めた。
気がつくと、その辺にいたダンジョンウォーカーの人たちも、僕らのいるあたりに注目
して来ているけど、もう構う事はない。
僕は楽しんでいたんだ。
自分の中のこの力を思う存分顫えるこの状況に歓喜していた。
未だ漏れるように噴き上げる感情に僕は、贖う事なく、その上に乗っかった常識とか理性なんて言われる蓋を外そうと、その力を全て解き放とうとした瞬間だった。
後頭部に衝撃が走る。
ゴン! って感じ。
続いて、痛み。
「痛た!」
思わず叫んでしまうくらいの痛み。
その衝撃がやって来た方向、つまり僕は振り向いて見たら、知らない人がいた。