閑話7−13【真壁秋、最強の座からの陥落】
電話としてその対話としては大きすぎる北藤の言葉に、この会議室、いや、深階層すらざわめき立つのを、辰野は感じた。
あの、冷静な世界蛇の代表、フアナすら、目を見開き、スマホと会話する北藤の次の言葉を待っているのだ。まさに驚愕といった表情だった。
一応、彼女も表情とかもあるんだな、と辰野はおかしなところでも関心していた。
それはともかく、つまりは、真壁秋の敗北とはそれほどまでの大ニュースでありキャッチ―な内容でもあった。
「北藤、なにが起こった?」
辰野も興奮を抑えることが出来ずに、尋ねる。
「相手は? 葉山か? リベンジに成功したのか?」
「すまん、聞こえないから黙っていてくれ」
と北藤が短めに用件を聞いて電話を切った。そして答える。
とても言いにくそうに、そしてどこかやりきれなく話し出す。
「場所は、真壁家玄関前」
固唾を飲み込む音が聞こえて来そうな程の静けさの中、北藤は言う。
「相手は、北藤イネス、私の妹だ」
しかし、この事実を前に皆どの様に反応していいのかわからなかった。なぜなら、皆、北藤イネスを知らないからである。と言うか概ねここにいる大半の人間は、北藤臣に妹などいただろうかとそっちを考えていた。ただ辰野以外、一人を除いては…。
だから、ここからは辰野と北藤の会話。
「ん? 確かイネスちゃんて、最近、お前のお父さんが再婚したフランス人奥さんの連れ子じゃなかったっか?」
「うむ、私事で恐縮ではあるがその通りだ」
「あれ? ダンジョンに入り始めたのってここ最近だよな?」
「うむ、確か先週からだ、一応は止めたのだがな、言う事をわかってくれなくて困っている」
「この前、浅階層で紙ゴーレムに泣かされたって言ってなかったか?」
「うむ、本人は拳闘のスタイルで行きたいと言っていたが、まだ始めたばかりでな、実践レベルでも無く困っている」
「それに負けたの?」
素っ頓狂な声を出して質問するのは椿だった。
「うむ、事実である」
辰野は次の可能性を示唆する。
「急に強くなったとか?」
「いや、今日も出がけに稽古をつけているからそれはない」
「一応、中階層には来れるんだよな?」
「ゾンビを殴るのは好きらしいので浅階層のジョージはなんとかクリアーしている」
「まあ、あれはあのキモさに耐える事が出来れば小学生でも行けるからなあ」
思わずこの会話に、此花椿も、
「え? どう言う事?」
と真壁秋を誰よりも知るであろう姉、牡丹に尋ねていたが、既に姉は笑いを堪えすぎて、おかしな痙攣を初めている。
つまり、ここで言えることは、真壁秋がダンジョン最強者から陥落したと言うことだけで、確かにその事実は現実で嘘偽りでもない。
「一体、どう言う奴なんだ?」
一瞬、その経歴や実績などから浮かび上がった最強最悪なダンジョンウォーカー、真壁秋の、そのバケモノの様な姿が、北藤の妹で、新人ダンジョンウォーカーのイネスの拳によって粉々に砕かれてしまった。
辰野は思う。
多分、現時点で考えるだけ無駄だと。
きっとそれはここにいる皆が思っている事だろう。
そこに行き着いた時、辰野は一心に向かって、今日はここまでにすると伝えて解散を命じた。
ともかく、いろんな意味で嵐は来る。
引っ掻き回されない様にだけ気をつけようと、そう思う辰野であった。