閑話6−14【そして彼女は彼の元へ】
だから変化が起こらない。今でも心に何かしらの影がさす時も、真壁秋を想えばそれは全て消えてしまうのである。つまり現在の椎名にとって真壁秋の存在は全くノーリスクで使用頻度も無限な精神安定剤的な物に他ならない。
なんか眠れないなあ、と思った時、真壁秋を思うとグッスリ眠れる。美容院に行って思ったのと違う髪型になってしまっても、真壁秋を思うと、まあいいか、って思える。タンスの角に小指を打つけてしまっても、真壁秋を思うと、痛みはともかく切なくはなくなる。特に椎名はデリケートなところが多くて、乗り物酔いや人酔いをしやすい体質だったが、それもこれも真壁秋の社稷以降全て改善され、肩凝りや偏頭痛にも効能がある。
一通りの説明を聞いた後、カズちゃんは、
「へ、へえ、便利だな」
とだけ言った。
「この心の平穏を手放す気はありません」
とキッパリと言う椎名を見て、これって、スキルジャンキーから真壁秋ジャンキーに変わっただけでは、もうそれ病気の類だぞと思うも、口には出さない大人なカズちゃんであった。
ちなみに、その平穏のために、現在、椎名の生活する空間には、真壁秋のポスター(真壁秋ファンクラブから入手)、手作りの真壁秋ヌイグルミ(手作りで多数)、その他真壁秋グッズに囲まれてあられもない生活をして椎名であった。周りがどう思うかはともかく、とても幸せそうで何よりでもあった。
そして、そんな中、積極的に動くのは先ほどから索敵、殲滅を繰り返す、ちょっと前までダンジョン最強の女子、葉山静流である。
誰よりも抜きん出た存在として、真壁秋が向かう部屋に駆けつけようと席を立った瞬間に、その静流の前に意外な敵が現れた。
おずおずと、そして心ここに在らずといった感じで、ソワソワと静流の前に立った。
「なんで、ここで蒼さんが出てくるのよ」
思わず口に出てしまう。それだけ以外で、しかも静流にとっては今敵に回したくない相手でもあった。
その蒼は、
「わからない」
と素で言い放つも、体の方は、すでに臨戦態勢でもあった。つまり戦う気満々であるにも関わらず、気持ちと言うか、心が付いていっていない感じだ。
「じゃあ、邪魔しないでよ蒼さん、私、真壁の所に行かなきゃいけなんだから」
しばらく考え込んで、蒼は言う。
「わからないけど、行かせてはいけないって、ダメなんだ、どうしよう?」
と邪魔をする蒼が尋ねる始末である。流石の静流もこれには困ってしまう。
何故なら、多月蒼のその気持ちを、自分でもわかっていない正体不明な感情を、露わに自覚させる訳にいかないからだ。
静流にしてみれば、これ以上強力なライバルはいらない。
でも、だからと言って、ここを押し通るのは、臨戦体制の多月 蒼を突破するのは至難の技である。負ける気はしないが、長引く、そして凄惨な戦いになるのは予想が出来た。
事実、今は茉薙が抜けてしまっている状態で、さらに真壁家であの真壁母の元で生活する多月蒼が、以前のままという安易な考えも持っていない。
多分、負けない、が互角以上の戦いになる。
それは蒼もまた同じであった。
そして何より引けないのも同じだ。
どうにもこうにも二人の間に時間の経過と共に、停滞し沈殿するコンクリートの様に固まって行く二人だった。
画面ではすでに真壁秋一人、他の物は既に脱落している予想通りの結果が映し出されていた。
スッキリした画面の中に比べて、この視聴覚室はまさに混沌としてながらも、何一つ動く事のない様相を醸し出していた。
それを見ていた、ここ最近ギルドに参加した澪は思った。
いつの間にか東雲春夏がいない。
そして、
「あ、いた」
と画面を見て呟く。
その足元に、キャッキャ言いながら、ギルドの中心人物達が転がってくる。
ぶつからない様に避けながら、意外な雪華の一面を見て、こんなに楽しいなんて、ギルドに入って本当に良かったと、そう思う澪であった。