閑話6−14【椎名さん家の常備薬】
なぜなら、炎? 爆発? 雷や吹雪なんて大きな破壊など必要もなく、メディックは静かに人を、人だけを壊す事が可能だからだ、そしてそれが実行された場合、どんなスキルでも恐らく抵抗は出来ない。そして速さもある。メディックが破壊に使用された場合、その速度は人の神経系統に依存する為、恐らくは光の速度になる。
魔法スキルの場合は、導言が必要で、時としてそれには詠唱すら必要で、発想から実行、発動までのタイムラグが必要になるのに対して、雪華の使うメディックは時間差無しで、つまりはゼロタイムで発動する。
D &Wと言う魔法スキル集団の中にいて、様々な角度から魔法スキルと向き合っていた彼女だからの結論だった。あれは高度に変化、進化し生命に特化した魔法スキルだ。そして雪華の散蒔くメディックを実行する『因子』と呼ばれる正体不明の無数の物質の正体は、恐らくは請負頭の変形だとあたりをつけている椿だ。
その数も数万ではきかない、多分『億』に届く。
もし、メディックの中身が知れても、この数に対抗するには、ほぼD &Wの構成員の全員を持っても届くかどうか怪しいとも思っている椿である。
つまり、現時点で雪華が使用するメディックと言うスキルに関して言えば対抗手段が無いのである。
その河岸雪華と工藤真希が潰しあってくれるのは、正にラッキー以外の何者でもなかった。
流石の工藤真希もこのスキルの前には手も足も出ない、そう思って、二人の戦い(?)をすり抜けて、
「さあ、行くわよ牡丹」
と今にも笑いが暴発しそうな牡丹の手を引く。
「いや、そこは空気読めよ、行くの私たちじゃ無いだろ?」
同時に胸をパシって叩かれる椿だ。
つまり上方のお笑いであるところの冷静にツッコミを入れる牡丹であった。そんなツッコミの動作に言い方に、思わず椿は、
「どうしたの牡丹、誰かに操られている?」
と今までに無い姉の変化に動揺を隠しきれなかった。
この姉の変化に、バシッと自分の胸を叩く姉の変化にもはや真壁秋どころでは無い椿であった。
この強引な妹に、このツッコミを入れることができる様になったのも、一度、彼女から離れて、クロスクロスに入っていた事、そして、真壁秋と一緒に冒険したことが生かされていると牡丹は確信する。普通に椿にツッコめた。今度はボケの概念をどうやって伝えるべきか、牡丹の挑戦は続く。
ひとしきり、今までまるで波紋ひとつ立つことない水面に、沸騰しかける鍋の様に、いたるところに泡立って来ている状況で、ふと気がついたみたいにカズちゃんは椎名に尋ねる。
「なあ、椎名、お前は行く気ないのか? 告白部屋?」
「はい、私としては、主人様に何かされるというのは魅力的で是非も無いのですが、主人様が待つ人は私ではありませんので、出すぎた真似は控えます」
「お前、実際の所、アッキーの事どう思っているの?」
すると椎名、
「そうですね、今私の心の全てを支配しているのは主人様ですね」
恥ずかしげも無く言って退ける椎名だった椎名芽楼は真壁秋の王様スキル『社稷』によって、彼の愛人を命じられている。もちろんそんな自覚など皆無な真壁秋であり、彼にしてみれば、それは彼女、椎名を助ける行動の末に、間違ったスキルの使い方をしてしまっているので、彼女としても、本当に女性として求められての結果では無いことを知っている。その上で、現在、椎名は公然と真壁秋の愛人を名乗っているのには彼の発動させた王様スキルの効果と効能にあるのだ。
もともと、彼女自身がスキルジャンキーとなっていた経緯があり、それを解放された時点でもきちんとした治療を受ける事なく、不安定な精神状態のまま放逐されていた所に、あの処刑事件があって、彼女を助けるために、割と本気ながらも便利なもの扱いで社稷が使用された。と言うか無自覚に発動してしまった。
その衝撃は、彼女にとって凄まじいものであった。
購えない。まるで自分の意思など関係なく体も心も抱き寄せられるかの様な感覚。
その瞬間に、椎名芽楼の心に沈殿していた彼女自身が抱える心の中にある闇が全て吹き飛んでしまった。それは椎名の隅々まで満たし、まるで心が真壁秋になってしまったのかの様な変化であった。
もう、何も入らないくらいの勢いだった。