閑話6−7【少年たちは駆ける豊かな双丘に向けて】
あの日、あの時みたたゆう葉山のそれには、確かに喜びが無いとは言い切れない前に、危険な香りしかしなかった僕だよ。
うん、そうだ。確かにあれは危険なものかもしれない。
ゾッとしてしまうと同時にあの時の僕の行動は間違ってなかったんだって、そう思った。
「な、真壁、安全安心でその場限り、後腐れなし、特にその後を心配する必要のない『おっぱい』なら、絶対に行けるよな?」
土岐は僕に向かってそう言った。
そ、そうかもしれない。
さっきまでの思考も発想もあるのに、その表面的な物を打ち破って『確かにそれは魅力的だ』って本能で感じている僕が、確かにいるんだ。
ちょっとやそっとじゃ止める事のできない衝動。
一体、これはなんなんだ? あの時のように、葉山と戦った時の様に、僕の中に誰かがいるってことなんだろうか? つまり僕の中の僕ってことで、それは僕じゃないから、良いってことで、じゃあ仕方ないじゃあないだろうか?
この時、既に僕は『おっぱい』が持つ得体の知れない魔力よりも凄まじい何かにやられていたのかも知れない。
「その場所にいるであろうサッキュバス様は『触れられる』事に飢えている、そりゃあそうだろう、北海道ダンジョン自体が、18Rだからな、これらの事態については15Rなのかもしれない、これはサッキュバス様を助ける行為でもあるんだ」
拓海さんのその一言が僕の背を押した。
そうか、なら助けないと、そう思ったんだ。
「行こうっぜ、真壁!」
「ああ、土岐、行こう、みんなも」
この時、僕らは何か一つの大きな目的ではないな、もっと大きな、例えられないくらい大きな物で繋がった気がした。
「頼むぜ、ダンジョン最強」
「誰にも負ける気がしないな、無敵だな」
「え? みんな本気で行くの?」
順番に、水野君、西木田君、そして最後が鴨月君だった。
最後に、拓海さんが言う、それは皆に言った言葉じゃなかったのかも知れない、だからつぶやく様に言った。
「いいか、少年達、君たちはその時に気づく、そこにあるのはどんな『おっぱい』かと言う事を、大きさ、形、違うんだ、そんな事じゃない、一番重要な事は『誰の』…」
そう言って、ゆっくりと拓海さんは首を横に振った、薄く微笑んで、
「行くがいいさ、そこに行って自身の目で確かめると良い」
と呟いて、既に冷めてしまったコーヒーを一口飲むと激しく噎せていた。
そんな言葉を、拓海さんの言葉を、もう死ぬんじゃないかなって勢いで噎せていた激しい咳と一緒に思い出していた。
あの時、拓海さんは何を言いたかったんだろう?
今の僕にとって、それを予想するのは難しくて、ただ思い出されるのは、鼻からコーヒーを垂らして微笑む拓海さんの笑顔だけだった。
そして、僕らはもう、その場所へと続く、秘密のゲートの前に立っている。
「ほら、真壁、呆けてんなよ、やるぞ!」
といつの間にか円陣を組んでいたその中心に剣を出す。
皆、同じ動作で、僕、土岐、水島君、西木田君、鴨居君は皆剣先を重ね合わせる。それを見て土岐は言う。
「良いか、これから俺たちは『修羅道』に入る、邪魔する奴は神だろうと悪魔だろうとぶっ潰す」
この前にも見れないほどの気合の入った土岐だよ、すごいよ気迫。そして、水島君も西木田君もこの前の『中階層のジョージ』の時よりも気合が入ってるよ。
「真壁、最後、頼む」
と土岐に言われる。
その真剣なみんなの目に映る僕もまた彼らと同じだった。
「突入する!、みんな遅れないで」
と僕が言うと、まるで勝鬨を上げるかの様に声が上がった。
そして僕らは突入してゆく、まさに『生と死と『おっぱい』の交錯する、その接点に向けて…。
そんな僕に土岐は言う。
「真壁、顔、ニヤニヤしてるぞ」
お前もな、土岐。
そうなんだよね、全身気合が入りまくりなんだけど、顔だけ緩むんだよ。
なんでだろうね?
そんな僕らは、この時、まさかあんな結末が待っているなど、神ならぬその煩悩まみれの身では気付きようもなかった。
なかったんだ。
いや、もう、マジで。