閑話6−6【揺れる双丘、触れるための資格】
僕が渋々と座り直すのを確認して鳴海さんは続ける。
「つまり、そこにいるからと言って、皆、エベレストに登頂するとは限らなんだ」
?
「見て見なさい、ここ札幌にも山は沢山ある、丸山、藻岩山、天神山、それこそ数限りなく我々は山に囲まれて日々を過ごしている、すぐにも行けそうで、手の届く距離にありながら、皆が皆登山をするとは限らないだろ?」
確かに、このビクトリアステェーションからも綺麗に藻岩山が見えるけど、それが一体なんだと言うのだろう?
「皆、山を目の前にして生活をしていながら、その山に触れることはないんだ」
そして、拓海さんは言った。
「つまり、『おっぱい』とはそう言うものなんだ」
「そうか、つまり、あるのはある、でも触れないってことですね」
と水島君が答えを見つけ出したみたいで、そんな風に言った。
「そうだ、だから、僕も、君も、そして真壁少年だって、そこにあるからと言っておいそれと触れていいものではないんだ」
まあ、犯罪になっちゃうからね。
「そして、何より、なまじ手の届きそうな所にあるからこそ、その焦燥感は彼の身を痛いほど焦がしている筈だ、わかるぞ、真壁少年」
とか言われて、ガッツリと肩を持たれる。同情されてるのだろうか?
そしたらさ、
「ごめんな、真壁、俺、お前の立場ってよくわかってなかった」
って素直に謝るんだよな、水島君、「俺も」とか西木田君も言っていた。
違うよ、ってこの誤解を解こうとしたけど、更に面倒臭い事になりかねないので黙っていた。そして鴨月君は限りなく空気だ。もう、僕関係ないよ、って顔してさっきから抹茶ミルクを飲んでいる。
ああ、飲み物がなくなっちゃったなあ、席立ちたいけど今立ったらまた何か言われそうで、どうにも身動きが取れない。ほんと口も挟めないし、意外なピンチだな僕。
そんな僕に土岐は言った。関係ないよなあ、って思う僕に土岐は言ったんだ。
「なあ、真壁、俺は、少しくらいお前の気持ちがわかるんだよ、現実、そこに『おっぱい』があってもさ、触れられないよな?」
とか言い出す。
「やっぱ『資格』みたいなものがあるんだな」
とか水島君がいうんだけど、
「違う」
と土岐がそれを遮る。
そして、
「いるのは覚悟だ」
と言った。
「どう言うことですか?」
と以外にも鴨月君が質問する。
「運命がな、そこで決定してしまうんだよ」
土岐の言葉に誰もが固唾を飲んだ。
「つまり、その『おっぱい』を手に入れるって事は、その手は、その俺は、俺は、2度と他の『おっぱい』には行けない、って事になるんだ」
その言葉に更に重さを付けたのは拓海さんだった。
「『おったい』には人格があるんだよ、心がある、意思があるんだ」
まあ、そりゃあ人の一部だもんなあ、その一部を持つ人の人格だってあるだろうさ、って思った。もうダメだ、こいつら思考が『おっぱい』中心になってる。世界の中心が『おっぱい』になってる。
「だから、水島君の言う『資格』もあながち間違えてはいない、確かに様々な難問を解決しないと、通常そこにはたどり着けない、そして、たとえ辿りついたかと思うと、それが安全な『おっぱい』とも限らない、いいか少年達、道はな、酷しく険しいんだ現実は過酷で残酷なものなんだよ」
水島君の表情が曇る、と言うか明らかにびびってる。西木田君も同じくだ。そして拓海さんは続ける。
「そんな我らが、おいそれと、野生の『おっぱい』なんて手を出せる訳ないんだ、もし道端に『おっぱい』が落ちていたとしても、絶対に罠だって思うだろ? そんなことがあるはずないって、最初に危険を感知してしまうんだ、喜ぶ前に危険が危ないって思う、それが普通だ」
この人、なんか異性に対して何か嫌な思い出でもあるのかなあ、っていらない憶測に走ってしまう僕なんだけど、次の土岐の言葉に驚かされた。
「つまりな、そこには人格の無い、そして安全な、なんの覚悟も必要ない『おっぱい』がそこにはあるんだよ、たどり着きさえすれば、誰もがそれを触ることができるんだ、誰にとっても公平な、そして豊かな、な。」
そして、最後に土岐は言った。
「誰だって、みんな『おっぱい』を手にしたいのには変わりはないだろ? 違うなんて言わせないぜ」
まあ、確かに、僕だってそうだよなあ、って正直に思う。