閑話5−7【しまった、こいつ最強だ!】
これは、今までかつて茉薙の体験としてはありえない事だった。
どんなに早くても移動をすれば相手を追える。
える。まして、瞬間移動的なモノなら、気配の消失と出現があるので、最悪後手に回っても、その位置は特定もできる。
しかし、それがない。
どころか、触れられる感覚、そして声を聞くまで、自分の状態すら見失ってしまっている茉薙だ。
当然、パニックになる。
しかもこの体は、あのリリスを元に人とは比べられない程強靭に作られている体だ。
自分が思うより早く、はあっても遅くなどあるはずはない。
茉薙の目の前には真希の背では無く、今の今まで彼女が苦悶の表情で挑んでいたパソコンのモニターがある。
おかしい、そう思う茉薙にその真希の声を自分の後ろから聞いた。
「早いなあ茉薙、すっかり体の方はいいみたいだべ」
と茉薙の頭の上から普通に言われる。
そしてここで漸く自分の体勢に気がついた。
座っている。
ちょこんと、真紀の膝の上に座らされていた。
「?????????????」
一瞬、疑問が茉薙の頭を過ぎり去る前に、
しまった! 意識も事態も明確な失敗を意識する前にそんな言葉が閃く。
どうしてこうなったのか、一体何が起こったのか? そんな思考など介在せずに、茉薙はこの姿勢を良しとはしなかった。捕らえられた、そう判断した。だから、目標も無しに、次のリカバリーも考えすに飛び退こうとしたその頭を、真希の手が抑えた。
いや、抑えたと言うよりも、撫で始めた。
優しく撫でる真希の手の存在に茉薙は動けない。
「ちっこいなあ、茉薙は、アッキーもちょっと前はこんなもんだったんだべか?」
と言いながら、ニコニコしながら茉薙の頭を撫でている。
大きさで言うなら、茉薙と真希はそれほど変わらない。しかし、今、現在完全に捉えられて、動きが封じられている今、真希の存在の強大さが否応無しに、茉薙にとって大きく捉えられてしまう。
この直感にも満たない判断こそ、強者を見定める上では正しく、茉薙のセンス、本能としての戦闘力に裏付けされているものの、そこは茉薙は男の子で、あっさりとそれを認める訳にいかなかった。
一回だけ、一回だけの偶然だと、茉薙自身の能力を肯定したいこのお子様は、自分が対峙する相手に対して、
「な、もう一回、いい?」
と素直に口に出してしまう。
「お、いいべ、どっからでもかかって来ればいいべさ」
と真希もその挑戦に快く受ける。
そして、その挑戦は茉薙の心が折れるまで続けられる。
膝に乗せられる事5回、お姫様抱っこ8回、ノーマル抱っこ3回、肩車2回、その合間に、必ず『たかいたかい』を挟んで、床にそっと降ろされる。後ろに下がって挑みかかかるも、その時に真希は一度も茉薙の方など見ていない。ずっと画面と手元の資料を見ながら、「あと140枚もあんのか」とか呟いていた。しかも、
「茉薙、ちょっとづつ遅くなってるけど、体の調子とか悪くなってないべか?」
などと、本人も気がつかない体調の変化について言及されてしまう。
ここで初めて茉薙は体験していた。
何度やっても同じ結果。
好転する兆しがまるで見えない。
まともに相手にされていない気がする。
普通に可愛がられる。
早いとか遅いとかの問題ではない気がする。
相対的に俺、強くない気がする。
以上の事柄を踏まえて、まるで自分の力が通用する相手とは思えないと言う結論に至った茉薙は、しばらく9回目の膝の上抱っこから、下に降りて、
「なあ、お前って、もしかして最強か?」
と尋ねる。
「うん、まあ、可愛いからな」
強い弱いで可愛いが現れて、ぽかんとする茉薙である。しかし、そこは茉薙で、あくまで自分の意思というか、疑問に思った事を遠慮なく尋ねる。
「あの『殲滅の凶歌』よりも強いのか?」
すると真希は、何やら自慢げに、
「ああ、あいつか、まあ、私の次くらいには強いんじゃないべさ、弱っちい奴だったけどな、まあ、私の方がはるかに強いべさ」
と言い切る。