閑話5−2【10分でいいの、寝かして!】
この辺は流石に葉山静流の教育があった様であるが、茉薙自身が肉体を持った、と言う事に関する常識は未だに整ってはいない。
お陰で、健康状態と相まって雪華は現在、この茉薙に付き切りになってしまっていて、ギルドの本部の仕事の方も疎かになっている。
おかげで雪華は今日も寝ていない。と言うかこのところマトモな睡眠をとっては居ない。
まだ、茉薙には夜寝て昼間の間起きていると言う普通の人間の生活のリズムが馴染んでいなくて、好きな時に起きで好きな時に寝ている生活から未だ脱してはいないのである。
眠れなくてもベッドの中に入っている事を命じられているのではあるが、茉薙だ、ジッとしている事などできもしなくて、時折、夜中でも元気に走り回っている。
未だ茉薙の体には不具合が発生することがあって、体を造作してから、おそらく、今日明日に一つの山場を迎えると、彼の健康状態をそのメディックを遺憾無く発揮し検診して、そうあたりをつけている雪華である。もちろんそれは前後することもあるので常に目は光らせている。
茉薙の体は、今、かつて葉山静流の部位出会った部分と、今回新たに作られて部分での齟齬が起こることに間違いがない。
強靭な部位が脆弱な部位を押し潰してしまうと言う最悪の状態になりかねない。
雪華の見立てなら、普通に戦う程度の事なら平気だが、それが茉薙以上の技能のある者への挑戦なら、結構深刻な状態になる。無意識有意識に限らず、茉薙の体にかかる負担は格段に大きくなってしまう。この辺はつい最近わかったことであって、未だ不明な点が多いのでまだ誰にも言っていない雪華であった。
もちろん、それは茉薙から目を離さない雪華の自信の現れでもあった。
目を離す訳にはいかない。
それでも茉薙の足なら、ここから、茉薙が向かおうとしている4丁目ゲートまで20分弱。(雪華が茉薙に対して課した法定速度は一般道では10キロ未満、歩道に関してはそれ以下)あの子には未だ地下鉄の存在を知られて居ないから、多分、徒歩で、時折、その辺の商店に道草しながらだから、タイムラグは10分はある。
だから、雪華は親友に頼んだ。
「ごめん、奏、10分したら起こして」
「わかった、雪華、10分だな、起こすよ、10分な」
と腕時計と眠りに沈みゆく親友の顔を見つめて言った、と言うか叫びに近い。
とそのままリビングと廊下の境に身を委ね、安らかな寝息を立てて居た。
そして、その茉薙はと言うと、きっかり20分後、4丁目ゲートに着いていた。
「やっぱり動きやすいな、この体」
とご満悦の様子である。
以前は葉山静流の体を使って動いて居たこともあって、この二つを比べてそんな事を思う茉薙だ。
もちろん、葉山静流の体が性能的に劣っていたと言うわけでもない。
一部問題があったと言うことだ。
その問題は、葉山静流のあの胸に、呪いの様に付いた二つの部位にある。
本当に邪魔だった。
方向変換や飛び上がり、着地、時には走る時にさえユッサユッサと邪魔な事この上なかった。もちろん静流もバカではない、きちんとそれに対する装具(ブラジャーの事だと思われる)を身につけてはいたモノのあの質量では流石に抑え切れず、かかる慣性による重心の変化には本当にイラっとさせられた。
当時、何度か静流には苦情を申し立てるも流石に体の一部のことであって改善はされる事は無かった。だから現在の、その豊かさを無くした胸を触っては、『ペッタンコ最高!』と呟いている。
この辺は雪華のセンス(?)に素直に感謝してる。
まあ、雪華にしてみれば、この違いは性別に寄るところの相違であるので、茉薙に葉山静流の時の様な豊かな乳房が無いのは当たり前の事であって、茉薙を蘇生し創作した雪華にとって、静流の中にいた時から茉薙は歴然とした『男の子』だったので、それは印象などでなく、事実であったのだから、茉薙の言う所のこの体は間違ってないのだから感謝など必要もない当たり前の事ではあるが、その辺は捉え方の問題である。