閑話4−4【進化する医療という名のスキル】
この戦力を失う、とかではなく、単純に彼女はこの茉薙を救いたいとそう思っての行動であった。
あまり知られていないが、『悪魔の花嫁』と言う、このダンジョンにたった一体しかいないこのモンスターにはいつの頃からか、揺るぎのない『母性』が存在している。
茉薙もまた生きる事を諦めてはいない、こんな形になっても未だ彼は生きる事を諦めてはいないのだから。それを救わないリリスではない。
そして、ダンジョン、ギルドの保険医である佐藤和子は常に言う。
このダンジョンは『子供の不幸を許さない』。
モンスターですらここにその意思を示す。
今ようやく、ここにその総意を見た雪華だった。
しっかりと受け取って、ここに新たな雪華の力が展開された。
音も無く、静かに、しかし平穏に爆発するが如くに、その装置は雪華を中心に展開を開始する。
その目の間に、まるで雪華という神によって支えられた神殿の儀式を行う台座が中空に浮く。
そして雪華自身の背後、そしてその台座に伸ばす腕から幾重に伸びる触覚、普通に見ればマニピュレーターが伸びる。恐らくこれは雪華が母の働くラボで見たイメージ
それが、十や二十では済まされない数が、目の前に配置された台座に向かって伸びて行く。
この時、すでに雪華に人としての五感はなく、今までメディックの因子となってばらまかれた一つ一つが感覚となって、この空間に広がっている。
その姿は、オーケストラを指一つで操る指揮者の様であり、また時として激しく鍵盤に意識を叩きつけ全ての指を走らせる演奏者の様でもあった。
この光景を見たダンジョンウォーカーは、この後この奇跡をまるで、『機械仕掛けの神が行う創造への儀式』だったと口々に語っている。これこそ、この河岸雪華が一つの伝承となる、彼女だけの呼び名であり、メディックがたどり着いた一つの究極の形態にしてクラス、『エクス・マキナ』の所以となる。
八瀬の召喚箱は既にバラバラに分解され、肉片になって少年は人造神の台座へと並べられる。
悪魔の花嫁、リリスからの贈り物である彼女の右手を刻み、分解する。まるで空間に溶ける様に消えるてしまう。
そして雪華は、どこを見るわけでもなく呟く。
「認識、理解、可能、実施」
その言葉を実証する。
流石に自分の腕を切断して、そのダメージを受けているリリス、土岐に支えられている彼女に数本の雪華の手が接した。彼女の傷口に集中してそれは行われた。
もらったサンプルを新しい物として作成し融合させる試みは瞬時に行われた。
リリスの新しい腕を造り出し、それを移植することに成功する。
これには流石のリリスも驚いていた。
通常、エルダー以上のモンスターがその体の傷を癒す事の出来るのは自分が根城にしている深階層の特定位置だけなのだ。そして従来、ダンジョンウォーカーのスキルとして、このダンジョンで生まれたモンスターを癒す物など、この瞬間まで存在すらしていなかった。
モンスターと人とでは、肉体的な交流は可能なものの、その造りが根本的に違う。
そんな垣根を雪華は簡単に飛び越えてしまった。
取るに足らない事なのだ、なぜならこれはその仕組みを理解するだけのものだからだ。
試験運用は叶った。
そしてそれは実用に移行される。
肉片は箱を出て台座に展開、配置された。不自然にバラバラに配置されている。
この位置は、本来この肉片が人の肉体として配置されている場所でもあった。
そこに、ここに集まるヒーラーから癒しの力が、『生きる事をやめないで済む』程度に調整されて与えられている。
これはあくまでヒーラーとしての従来の能力では無い。
ヒーラーとして名乗ることのできる者なら誰もが持つ付帯的な能力であり、一時の凍結に近い措置でもある。
これであなたを造れる。
茉薙の肉体を。