閑話4−3【母性は身を切って贄を捧ぐ】
金色の宝箱に納められた少年。
彼には贖う意識が確かにあるのだ。
上も下も右も左も無い中で、はっきりとした意識もなく、ただ動いている。それはまるで生命が光を求めて外に向かう行動、そんな原始的な意識。
まるで死人だった様な雪華の目に灯が入った様に輝く。
方法を考える。人を最初から作る、でもそれは茉薙でなくてはいけない。
もっと大きな装置、人を象る為の入れ機器が欲しい、できれば母の、大柴希マテリアルの新型ラボの様な…。
混乱する雪華の意識の中で、有用な次々ととりとめもなく記憶が浮かんでゆく。
この子を助けたい。
意識と呼べない彷徨う茉薙の生きたいという願い、それを許可するダンジョンの大いなる決定、東雲春夏を形作る者からの許しが出ているのだから、それは真壁秋の願いであり、必ず叶えられなければならない、すでに成功することが約束されているようなもので、その手段がある諦めない雪華に、北海道ダンジョンは力を与える。
さらにこの状況を雪華は悟る。
もっと環境を整えたい。
情報が欲しい。
ひとまず、茉薙を箱の中から出さなければ、でもその為には、この環境に置いて無菌でしかも時間を作用して止める力が欲しい。
そうだ、もっと癒しの力が欲しい。
「誰か、ヒーラーはいませんか?」
と声をかける。あまつさえ、このダンジョンでの最高のヒーラーと同じことを考えていたのだ。
現状を伸ばしたい。生命現象を、今の彼ののたうような生命を止めたくない、どのような処置をしたとしても、例えばそれが悪手だとしても、生命をつなぎとめて欲しいという、このダンジョンの最強ヒーラーよりももっと、積極的な、そして攻撃的な雪華が思う癒しへの意思でもある。
今まで、戦いの見物をしていたものから次々と回復系の力を持つものが歩み出てくる。
その数は100にわずかに届かぬ程、十分だ、と雪華は思う。
そして次にサンプルが欲しいと思った、このダンジョンの中にあって、人の形をし、人の様に動く者たち、つまりモンスターだ。
彼らは中には人を模して作られている者もいる。つまり、このダンジョンと同じ物質、構成する物質によって形を作られているのだ。
なるべく人の形に近くて、獣とか極端な形をしていないものが欲しい。ゴブリンやコボルトではなく、もっと人に近い者の部位が欲しい。その構成を紐解いて、この世界、このダンジョンの中、いやこのダンジョンを構成する最小の単位まで分解して再構成すれば、恐らく人の体の一部として機能する『肉』が造れる。
そんな雪華の意識から雪華の前に出るものがいた。求める雪華の前に差し出す者が現れてくれた。
『悪魔の花嫁』。
リリスがクロスクロス土岐蓮也と共に現れて、雪華の前に立ち、こう言った。
「使え」
そう右腕を差し出す。
その腕を、の土岐連夜が一刀両断に切り離した。
斬る方、斬られる方に迷いなど無い。
この世界、この北海道ダンジョンにおいて、モンスターは自傷行為が出来ない。だから悪魔の花嫁であるリリスがその肉を差し出す以上、誰かが切り取ってもらわないとならない。そして彼女はこうなる事をここにいる他の誰よりも予感していた。リリスの覚悟に土岐は答えたのだ。
雪華の顔にそんなリリスの鮮血となって強い思いが飛び掛る。
自分の顔に振りかかる鮮血を頬に受け、雪華は瞬き一つしないで、リリスを見て、
「ありがとう」
と言った。
流石のリリスも片腕を失ったダメージで半歩ほどよろけるが、そこは騎士たる土岐が支えていた。
出来るかもしれない雪華に、自分の身を切り離してまで茉薙を助けろとその目が言う。リリスにとっても茉薙は救うべく対象で、かつては戦った相手でもある。